無限の住人

無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC)

無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC)

あらすじ

江戸後期。長く続いた平和に人々は慣れ、かつては合戦の重要な戦力であった剣術も人を斬るものから武家の教養程度に落ち着いた時代。無天一流・浅野道場の一人娘、凛は14歳の誕生日に突然道場を襲った逸刀流(いっとうりゅう)に両親を殺害される。逸刀流の統主・天津影久(あのつ・かげひさ)は太平の世に堕落しきった剣術を、今一度「人を斬るもの」へと蘇らせようとしていた。浅野道場はその計画の幕開けにすぎなかった。2年後、惨劇の夜を忘れられない凛は、天津影久、ひいては逸刀流への復讐を果たすために、800年生きているという老婆・八百比丘尼(やおびくに)の紹介で、かつて100人の剣士を斬ったという万次を用心棒に雇う。万次もまた老婆と同様、不死の身の上、無限の住人であった。不死の万次と共に凛は復讐の旅に出る。


復讐劇、なんだけどそういうわりにすごく乾いている。どろどろしてる。うーん、確かに旅の最初の方の凛の気持ちにはそういうのもあったと思う。両親に直接手を下した川上新夜までは。いや川上新夜ですら、もう凛は復讐に迷っていたんですよね。彼にもまた家族が、子どもがいると知って。逸刀流一人一人に復讐を遂げながら、どこか半分流されるように血で手を染めて行く。許せない気持ちともう復讐することに意味を見いだせない虚ろな気持ちの間でふらふらしながら。
この漫画に登場する人たちはほとんどがそうなんですよね。理不尽な理由で子どもを失った百淋(ひゃくりん)、病気の子どものために罪を犯さざるを得なかった義一、望んでもいない才能のために周りを不幸にしてしまう槙絵(まきえ)、地位が低いという理由で家族を失い、それを打ち破る力を手に入れたために親しい人を失った凶(まがつ)、そして天津影久ですら祖父の呪いを憎悪しながらもその呪いを成就させようとする。この登場人物たちの間にある感情の激しい揺れ動きのその底の方で、静かに淀んでいるものがあるような気がします。それは「成り行き」。運命と言うほど大げさではない、些細な事柄の網の目のような成り行きに彼らは絡めとられて、その隙間で生きているような、そういう感じがしました。
例えばそれは、この漫画の大半を占める剣劇のシーンにも現れていて、その戦いの理由は確かに感情的なもので、明確な思惑があるはずなのに次第にそんなことはどこかに置き去られて、戦いの成り行きだけがそこに浮かび上がってくる。8巻47幕の天津が心形唐流(しんぎょうとうりゅう)の剣士と戦う一幕、単調なコマ割りの中に動きだけをつけたページはまさに感情という表層の下に流れる、そうあるべき結末への成り行きだけを切り取ったものじゃないかな。
そしてこの成り行きから外れている登場人物が二人います。万次さんと尸良(しら)はどこか似ているんですよね。尸良は不死ではないけどこの男は、たいていの人が生きている中でどうにもはまり込んでしまう網の目のようなもの、そのものを人生のどこかの段階で(それもかなり早くに)引き裂いてきた。人として生きることと引き換えに、成り行き任せになることを否定した。だからこの人は強いんじゃないかな。でも最後はやっぱり自然に行き着くところへと還っていくので、どんなにそれをかなぐり捨てても成り行きに絡めとられて行く有限の住人の側の者だということなんでしょう。対照的に万次さんは不死であるが故にどんどんその有限の側から遠ざかって行くことになります。凛との旅もいつまでも続くわけではない。万次さんはずっと変わらないけど凛は成長し年老いて死んで行く。万次さんは不死になった時点で時が止まってしまったために、時代から外れて行く人。時代が進めば進むほど彼は知人を失い孤独になっていく。同じ境遇の閑馬永空(しずまえいくう)がそうであったように。でもそんな不死の、無限を生きる住人も成り行きで時代に関わることができる。そういう時代から遠ざかって行く者の縁(よすが)としての「成り行き」が最後に描かれているのではないかと思いました。

なんといってもこの漫画でさいっこうにかっこいいのは万次さんなんですよね。不死という設定のためにほとんどの場面で無茶苦茶な戦いを強いられているけど、いっつも勝つ気で行くし窮地に陥っても啖呵を切る男気が本当に素敵。そうそうこの漫画、最初から最後まで強さの階層構造が一貫していてすごく良かったです。槙絵さん最強(笑)それと万次さんは凛とのツーショットが多いけど何気に瞳阿(どうあ)や槙絵さんとのカットもあるんですよね。強い者同士が並んでるのってやっぱり絵になるわあ。ちなみにベストな一コマは4巻18幕の窓辺で万次さんが凛を抱えてるコマですね。万次さんはあんまり凛と目を合わせてるシーンが少ないような気がして(おんぶしてるとか隣を歩いてるとか多くないか)、まじめに凛を見ている時の顔が普段の皮肉っぽい顔と全然違ってて素敵でした。あと14巻はなんだか万次さん神がかってかっこいい。中表紙の抜刀しかけてるイラストとかもうさいっこうに(以下略)