ロング・グッドバイ


NHKで5回シリーズで放送していました。舞台を戦後間もない東京へと移して、キャストも日本人に置き換えるなどいろいろとアレンジされていましたが…これはけっこう良かったですね。いや、かなり良かったです。
まずはフィリップ・マーロウこと増沢盤二のキャラクター。浅野忠信さんが演じるこの主人公は、寡黙でさりげない気配りのできる男です。小説の方はもうちょっとしゃべる感じだったような気がしますが(うろ覚え)、世間の裏側を見つめ続けてきた男のシニカルな態度というよりも、どこか耐え忍ぶような日本っぽいウエットなキャラクターだったと思います。増沢のちょっと目を伏せた表情とか、無表情を装いながらちょっともの言いたげな感じとか、オリジナルとは違う魅力があってすごく良かったです。こっちもすきだなあ。
というかこのドラマ、すごくキャスティングが良かった。魅惑の人妻に小雪さんはもう言わずもがなだし、飲んだくれの作家に古田新太さんはシリアスなストーリーの中でちょっとしたコミカルな演技が面白かったですね。



小説の方を読んだのがけっこう前でストーリーをすっかり忘れてしまったまま観てたのですが、ロサンゼルスで起こる事件をうまく戦後の日本に翻訳したなあと思いました。正直、製作が発表された時にちょっとどうかなあと思ったんですよね。きざなセリフ(フィリップ・マーロウシリーズは名言が多いことでも有名)を吐くような外人コンプレックスな日本人が主人公だったらかっこ悪いよなあって。でも観ていてもほとんど小説のセリフは出てこなかったし、無理に小説につなげようとはしていなかったと思います。(たぶん)ではどのレベルでオリジナルを翻訳していたかというと、配置だと思うんですよね。
チャンドラー原作というだけあって、まず主人公は外せないですよね。40歳前半の独身で、タフな私立探偵。それに事件に絡む面々も基本的にはオリジナルと同じ配置です。男女の変更もほとんどないと思う。そのリレーションを維持しながら背景を刷新してストーリーを描いているんじゃないかなと思います。だから、探偵と魅惑的な作家の妻との間にある、男女の率直な欲と社会的な大人としての他者への配慮という微妙な距離感はそのまま活きているし、中年である探偵と若い男との年の差があってこその友情も変わっていない。(はず)それは単にキャラクター間の関係だけでなく、上位の探偵が戦う社会構造(格差社会)から維持されているんですよね。この配置を骨格としているから、確かにオリジナルとは違うものではあるけど、日本に置き換えられた「ロング・グッドバイ」として楽しめましたね。


ぜひ、他の作品もドラマ化、いや映画化もしてくれるといいなあ。




関連記事:
「ロング・グッドバイ」 - ここでみてること


ちょっとネタバレ





妻が殺害された現場から逃走し探偵を訪れた、原田保(綾野剛)が台湾行きの船に乗り込む直前のシーンがすごく良かったです。原田はセリフにもあるけど、増沢のように自分の良心に忠実に生きたかったのだろうし、その増沢に名を呼ばれることで決別しようと思っていたんですよね。でも、増沢からすると自分の良心に従うことは、人に頼ってすることではないと思っていたんじゃないかな。自分の思うように生きたいなら、まずは自分でそうしなければならないから。増沢はきっとそうやって生きて来たんだろうし。だから彼は原田の名は呼べなかった。それが原田が心から望んでいることだと分かっていても。相手のことを思いやるが故に、それに反することを敢えてしなければならないということ。ここが一番、ハードボイルドを感じたシーンでした。名シーンだよ。