寒いですね。
ここんとこはしっかりめに気温も低いし風も冷たいし、「寒いですね」って言える気候ですな。と、いいつつもこの前ちょっと厚着をして歩き回っていたら暑くなってカフェでアイスコーヒーを飲んでしまった…。なんだかいまだにどのくらいの防寒がベストなのかわからない冬の季節です。
最近読んだ本
こちらを読みました。
「きみはメタルギアソリッドV:ファントムペインをプレイする」
作者はアフガニスタン系アメリカ人の方だそうで、この作品は短編集となっています。表題作は、アメリカで暮らすゲーム好きな少年が故郷アフガニスタンを舞台とした「メタルギアソリッドV:ファントムペイン」をプレイしながら、自分や家族、親戚が住んでいた場所をゲームの中で訪れてみようと進めるうちに、現実の世界や家族の過去がフィクションと混ざり合っていく、というマジックリアリズム的な作品。
当然タイトルにも惹かれて読み始めたんだけど、ここがいちばんグッときたんですよね。
でも、チクショウ、だってコジマだぜ、メタルギアだぜ
すごいよね、フィクションの中の十代のティーンエイジの男の子と、現実世界のおばさんがこの一言でつながったよ(笑)。そうだよ、だってメタルギアだぜ、万難を排して向き合うゲームなんだよ。
他にも「そうなんだよ!」っていうアツい共感にぐっと心を奪われつつ、この主人公が目撃する父親と叔父の悲劇はやっぱりフィクションみたいで、それこそ「まるでゲームでもしているみたいな」(MGS4のSOPシステムみたいな)現実感のなさでふっと冷静になったり、短いお話の中に現実とフィクション、アツい共感とどこか遠い世界を安全圏から眺めている冷たさがあってとても良かった。こう、一言でこれだ!って言えるものじゃない作品なんだよね。
他にも婚期を迎えた女性たちの秘密の会話を中心としたお話「バフタワラとミリアム」、大学生の男の子のよくある青春群像と深刻な政治情勢が地続きの「ハラヘリー・リッキー・ダディ」が良かったな。「バフタワラとミリアム」は何気ない対話の中に相手への配慮というか想いのようなものが感じられてよかった。自由に出歩けない、好きな時に話せないという制約が一言一言に重みを与えているような、その重さを相手に感じさせないようにわざと軽やかに話しているような感じが印象的でした。
「ハラヘリー・リッキー・ダディ」は大学生の男の子(リッキー)が女の子を好きになる、という世界中どこにでもありそうな個人の小さな物語と、政治的な難局(に向き合わざるを得ない女の子)の大きな物語を扱った作品。リッキー(とその友人たち)→女の子の片想いのストーリーに重ねて、難局の当事者→そこから目を逸らしてその困難を傍観している世界、という片方にしか向かないベクトルを持ちつつ、大学生の日常と、世界情勢という別の階層で語られるお話、なのかな。最後に少し救いのようなものが見えるところも良かった。
たまにはこういう現実とフィクションがいい感じに混ざり合ってる作品もいいね。
次は今読みかけのこちら。
「ご冗談でしょう、ファインマンさん」
物理学者ファインマンの面白エッセイ。理系の難しいところはそんなに出てこないので物理苦手、って人でも大丈夫そう。
まだ上巻の半分ちょっとまでしか読んでないんだけど、十代の頃とか大学生時代のエピソードがとてもいいんだよね。なんていうか、すごく視野が狭い(笑)いたずら好きでレストランのウェイトレスを怒らせたり、得意じゃない分野哲学の課題ではへんてこなやり方をしてお茶を濁したり。でもその視野の狭さがなんだかとても爽やかなんですよね。この感じ、山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」という小説に出てくる主人公と似てる感じだな、と思い出しました。まあこっちはすこぶる勉強ができるんだけども。視野が狭いからこそ、目の前の課題や問題に100の自分で向かっていく爽やかさ、なのかな。大人になるとそんなこと言ってられないけど、たまにはこのくらい一点だけ見て向かっていくのもいいかも。まあその前に100の自分がもうなかなか出てこないけどね…。
















