人形つかい

人形つかい

人形つかい

ここのところ、ハヤカワ文庫補完計画のせいか過去の作品や新訳版が手に入りやすくなってるみたいですね。ハインラインも新訳版の作品出たみたいだし。というか「月は無慈悲な夜の女王」の新訳出ないかな。


さて。ハインラインの「人形つかい」です。ずいぶん前に文庫で読んだんですが、kindleで再読。というか前から不思議なんだけど、なんでこんなラノベ風表紙なの…。まあ内容的にラノベっぽくなくもないけど、この厳ついキャラクターの一人称も「ぼく」だしね。


ちょっとだけ内容を紹介すると、ある日突然、ナメクジに似た未知の外来知性体に乗っ取られた人類!ナメクジ付きかどうかを表明しなければお互いに信用できなくなって、しまいには全米が全裸で生活するようになっちゃった。水際の攻防は熾烈を極めて、侵略された領域を核攻撃しちゃう?なんて計画まで持ち上がってさあタイヘン。政府のエージェント、サムが知力と体力を使ってナメクジと戦うよ!っていうお話です。


で、読んでみるとこれ、冷戦当時のアメリカの思想をメタファーを使って「遊んでる」作品じゃないかと思いました。ナメクジつきの人間というのは、自分たちには理解できない思想を持つ「異星人」である。人間の外見をしているのに相容れない考えを持つ集団が居る。冷戦当時のアメリカから観たソ連共産主義国というのは正にそういうものだった。それを殲滅することになんの疑いがあるんだろう。主人公のサムだけでなく、登場人物の誰一人としてナメクジと呼ばれる知性体への想像力がまったく欠けていて、異物を排除するというほとんど本能的な感情だけで物語が駆動していくんですよね。それがまあやっぱりハインラインだけあってめちゃくちゃ面白いんですが。
それと極端な男性優位な空気がごく自然に蔓延している歪さも、同僚エージェントのメアリの言動を見ているととてもシニカルに描かれているのが分かります。確かこの作品、日本語訳が出た当初にかなり議論を呼んだんじゃなかったかな。文庫版のあとがきにそういうことがちらっと載っていたような気がするんだけど。全然関係ないけど、kindleって場所取らなくていいんだけど、あとがきは収録されてないことが多いですね。SFはわりとあとがきで解説してることが多いので、ちょっぴり高くなっても載せてくれるとありがたいです。


政治的な思想を描くのも面白くはあるんですが、やっぱりSFですからね。この作品でSFらしい点は、社会構造と数学的構造の組み合わせにある、と思います。「月は無慈悲な夜の女王」で革命の起し方と集団の秘密保持に最適なツリー構造を提示したように、今作ではナメクジの伝播と勢力範囲の考えがSF的でしたね。ナメクジは直接接触でのみ取り付くので、最初は一人でもねずみ算式にどんどん増えて行くわけです。その悪魔のような感染力に対抗できる方法とは?というのはネタバレになるので書きませんが、パンデミック(感染拡大)を題材にしたものとしても楽しめました。もう少し時代が後なら、スパコンでシミュレーションとかしそう。


最後に人類はある一つの感情を持ちます。どこに潜んでいるのか分からない、いつまた再発するか分からない、殲滅できたという確証は永遠に得られない。人類は治癒が不可能な「恐怖」という感情に取り付かれてしまうんですね。全体的にシリアスな状況なのに全裸だったり、主人公は恋愛にかまけてたり、ギャグっぽい要素があるんですが最後の章だけはその「恐怖」しか描かれていません。そういう意味でちょっとぞっとするお話でもありました。


そういえば主人公、サムって名乗ってるけど本名はへんてこな名前なのがイヤで平凡な名前を自称しているってエピソードがあるんですが、あー今で言うキラキラネーム的なものかなあとちょっとおもいました。