ダンケルク

クリストファー・ノーラン監督、新作。

最初に「戦場に取り残された兵士を救出する」お話だと聞いた時には、正直に地味だなあと思ったんですよね。あー、なんだSFじゃないのかって。ちょっとどうしようかな、忙しいし観に行くのやめようかなと思ってたんですが。予告でタイムアップを暗示するような音楽と映像を見た時に、やっぱり観に行こうと思いました。

んで。良かったです。決してエンタメに寄っていない、観る人の読解力を信頼した造りの映画でした。ネットを調べたら事前におおまかな事実を知ることができる現代で、based on true story(実話を基にした物語)は何を語り得るのか、という映画であったと思います。
フィクションには視点があります。一人称、映画やゲームでいう主観視点というだけでなく、三人称視点、監督の語りたいものが語りたいように描かれ、完全な客観というものは存在しません。
この映画も当然そうのような視点にあります。が、この視点は「語り」というものを極力排除しているために、より観客に語りかける、観る側にストーリーを想起させるんですよね。


以下ネタバレ














この映画には主に三人の視点が登場します。一人は戦場からとにかく逃げ延びることに全力を費やす兵士、民間の遊覧船で救出に向かう船長、少ない燃料を積んだ戦闘機で敵軍と交戦するパイロット。
まずすごいなと思ったのは、この三人の時間が綺麗に最後に結実すること。兵士は一週間ものあいだ敵兵に追われ、味方の軍からもスパイ疑惑をかけられ、命からがら乗り込んだ救助の船は魚雷で沈没し海に放り出されるなど、いつ死んでもおかしくない極限の状況に置かれます。この描写が凄まじくて見ながら「これは無理ゲーだ」と何度も心の中でつぶやきましたねえ。一方でかわいい造りの遊覧船が海軍に徴収される直前に、自ら志願して死地ダンケルクへと向かう船長は一日をかけて船を進めます。途中、重度のPTSDを発症したパイロットを回収し、トラウマによって騒動を起こすパイロットによって息子が大きな怪我を負ってしまう。けれど彼は自分の息子の命よりも、四十万もの取り残された兵士を優先します。そして救出の一時間前に基地を発った戦闘機のパイロット。被弾による計器の故障と、隊長と同僚を失うというハンデを抱えながらも果敢に空から敵機を迎撃します。
この三者の立ち位置が、戦争という個の力ではどうしようもないものに対する態度として明確に分かれていたと思うんですよね。逃げ延び生き残ることを願う兵士は、誰かが犠牲にならなければならない状況下で(それはその兵士なんですが)そんな犠牲を払うことは絶対に間違っている、と叫ぶ一方で、遊覧船の船長は自分の息子すら犠牲にしても微力ながら(遊覧船にはそれほど多くの兵士は乗せられない)兵士たちを救うことを決意し、パイロットは自機のみになって、ここで失敗したら多くの犠牲がでる局面に直面する。相対する状況が違う、それぞれが存在する場所が違う、持っている能力が違う。それでも彼らは自分の、他人の命を救うことを諦めない。そのシンプルさがすごく美しいと思ったんですよね。

苛烈な死線をかいくぐったことが信じられないような、静かな着地をした戦闘機のシーンがとても印象的でした。映像の美しさも素晴らしかったです。