「月は無慈悲な夜の女王」

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)



SFと一言で言ってもいろいろあるのです。性格を表す時に使う、理系とか文系とか体育会系とかお笑い系とか、そういう区分で言うなら、ハインラインの作品は体育会系じゃないかな、と思います。私が読んだSFの中では唯一の「SF体育会系」。SFてだいたい理論的なテーマを扱うからSFなんですよね。そこにまったく逆のベクトルである熱血でゴツゴツした物語を持ってくる。でも不思議な事に、ハインラインの手にかかると、これらはまったく反発しないんですよね。それどころか、ロジカルなテーマ「無料の昼食などない!」はストーリーでより強度を増し、フィジカルなストーリーは論理的な構造(革命のツリー構造)で躍動するのです。


とは言うものの、こんなに超有名な作品なのに、読了するまで3、4回挫折しました。ははは。うーん、文章の回りくどさにすごく引っかかったんですよねえ。なんだろう、英訳としてはこれでいいんだろうけど、もう少し意訳されていても良かったなあ。台詞の言い回しの古さは大丈夫だったんですが、何について述べているかが微妙に読み取りにくかったです。物語の背景はきちんと説明されているし、それほど迷うような展開ではなかったのですが、時折「?」となってしまう台詞が飛び出して来るので、ちょっと残念でした。
ですが、全体としてはハインラインらしい物語のダイナミズムや、未来の英雄譚とでも言うような神話的な美しさがあって、楽しく読めました。
ちょっとネタバレますが、個人的に自意識を持つコンピュータというネタが異常に好きなのですが、この「マイク」は「ハル」に負けないくらいお茶目で賢くとても素敵でした。後半、マイクは主要登場人物である教授と運命を共にするような展開となるのですが、これはマイクと教授がそれぞれロジカルな面とフィジカルな面を互いに担い合って、一つの英雄像として描かれたのではないかなあ、と思いました。