「Dr.パルナサスの鏡」



どんなに裏表のなさそうな正直な人でも、その人のすべての顔を知る事はできません。たいていの人は、誰しもそういう裏表があるものだと思って生きています。そして見せたくない裏の顔を適当な嘘ーフィクションでおおいかくしている。
でも鏡はありのままを映し出すものです。そこに映るのは全くのノンフィクション。これっぽっちのセンチメンタルも、皮肉も許さない絶対の事実がそこにあるのです。


この映画に登場するトニーという人物の人生はまさにこのフィクションそのもの。どれもが本当のことのように振る舞いながらすべてが嘘なんですよね。そして鏡の向こう側のファンタジーな世界での彼の姿こそが、もしかしたら彼自身のノンフィクションなのかもしれません。鏡の向こうからこちらの世界を覗けば、リアルな現実の中でフィクションのような人生を生きる人々が見つめ返しているような。
万華鏡のきらめきのように、虚構と現実がくるくると姿を変えて目まぐるしく立ち現れる、不思議な映画でした。


それにしてもこの矛盾だらけで虚構に彩られたトニーというキャラクターを演じるのは、とても大変な事だったんじゃないかと思います。それこそ複数の役者が入れ替わってようやく一つの人物像が描かれるくらいのエネルギーが必要だったのかもしれません。そこにたった一人で挑んだヒース・レジャーという役者は本当にすごい人だったんだと今更ながら思いました。