クラウド・アトラス

あらすじ

その老人の左目は古い傷が半ば目を覆い、その顔を焚き火の光が照らし出している。老人は語り出す。かつて大海原を航海した者、偉大な作曲家の元で才能を開花させた若者、ほんの偶然から別れてしまった恋人を想う老人、世界の本当の姿を目の当たりにした少女、巨大企業が隠蔽する真実を暴こうとすべてを投げ出した女性、そして勇気を奮うべき時に悪意の声によって出せなかった男の、それぞれの物語。老人の口から溢れ出る物語たちは、やがて絡み合い互いに反復しながら、大きな、大きな流れとなって、また、始まりへと戻って行く。



ウォシャスキー姉弟監督の最新作。2000年代前半を「マトリックス」シリーズで熱狂させた監督ですね。たしか当時は姉じゃなく兄だったはず(笑)まあそれはいいとして、なんと上映時間2時間52分の超大作。それもそのはずで、この映画は6つのエピソードをテレビのチャンネルをぽんぽんと変えるようにザッピングしながら進んで行きます。そりゃ長くなるわ。最初は「途中で飽きそうだな」と思ってたけど、意外とこのザッピングが巧妙で飽きずに最後まで堪能しました。

6つのエピソードはまるっきり別のものというわけではなく、登場人物は流星のかたちの痣があったり、恋人たちとそれを阻害する人物という人間関係は、すべてのエピソードに共通していると思いました。(まだ他にもあるかも)共通していると言っても、この関係をそのまま反復しているのではなく、恋人どうしが友情に置き換わっていたり、肉体的な関係や精神的な関係だったり、そうそう一番大事なのは、エピソードは年代ごとに展開するのでその時代背景がこれらの関係を規定していたりするんですね。これらのエピソードが互いに台詞でリンクしていたり、あるいは場面の構成で繋がっていたり、ある時は音で繋がっていたり、そして面白いのは役者さんで繋がっていたりするところが、間違い探しのようで面白かったですね。そうそうこの映画、トム・ハンクスハル・ベリーが出演しているんですけど、ほとんどのエピソードに二人が出てるみたいです。エンディングでネタばらししてたけど、変装しているのとか全然分からなかった(笑)こんな楽しみ方もあって上映時間の割には大丈夫でしたね。

全体を貫くテーマは、輪廻や転生という、なんだか90年代くらいのサブカルチャーが扱ったようなテーマで、こんな壮大なストーリーなのになんだか懐かしい感じでした。さすが「マトリックス」の監督。「マトリックス」って「コンピュータの世界にそのまま入る」というテーマとしてはダサいというかへぼいセンスなのに、あれだけの映像やこれ以上の適役はいないという役者をキャスティングするずば抜けたセンスが奇跡的に調和している作品だと思うんですが、今回もテーマはどうやっても中学生の時にノートに書いた既視感がよぎるボンクラ全開なのに、画面構成や編集技術がすごいんですよね。もちろん、キャスティングもあり得ないほど素晴らしい。特に画面構成では、ネオ・ソウル(これ、このままネオ・サイタマにしてくれないかなw)での逃走劇のシーンが良かった。漫画をそのまま映画にするのは簡単かもしれないけど、映画という動きのある画面で漫画のようなコマを感じさせるカットを作れるってすごいんじゃないかな。画面の中にあるガジェットやモブのディテールや、アクションシーンのモーションのカット割りが、すごく漫画っぽくて好きでした。

ネタバレ







  • 航海する男の物語

このエピソードと下の作曲家のエピソードが序盤、かなり混乱しました。なぜか船に乗ってる…w 彼が後に命を救われる奴隷と出会う時のエピソード、ひどい目に遭っている時に見ていることしかできなかった、というのは、最後のエピソードの肉親を見殺しにしてしまった男と重なりますね。この主人公が着ている上着のボタンが、作曲家のベストのボタンと同じものですよね。

歴史に名を残すことのなかった作曲家の、その曲のタイトルが「クラウド・アトラス交響曲」なんですよね。ここはちょっと安直な感じですが、幻想的なシーンで陶器を粉々に砕くシーンや、ラストの方の恋人の姿を物陰からうかがい見るシーンが素晴らしかった。恋人が下宿先を訪れた時に、自分があげたベストを宿の管理人が着ているのを見つけた時の表情とか、悲劇をどこまでも耽美に描いていて良かったです。

  • 巨大企業の真実を暴く女性の物語

ハル・ベリーのあの髪型かわいい。従軍記者だった父を持つ、タフな女性ジャーナリストという役柄ながら、女性らしい芯の強さが感じられて素敵でした。エピソード的にはシリアス担当という感じ。

  • ふがいない人生をふがいないまま終えようとする男性の物語

エピソード的にはコメディ担当という感じでした。主人公は凶暴きわまりない看護師のいる老人ホームから脱出するんですが、当然のように車のトラブルとか、絶体絶命のピンチとか、基本が押さえられてて楽しいです。ちょっとほろりとするラストも良かった。

  • 本当の世界を知らない少女の物語

このエピソードが一番面白かった。ネオ・ソウル!科学武官!統一国家!あああ、このボンクラマインドを鷲掴みにするキーワード。さらにネオ・ソウルの町並みや雑踏がたまらない。ごちゃごちゃでごみごみしてて。「ブレランブレードランナー)じゃん」と言われればそれまでだけど、こういうのを避けずにちゃんと作って撮ってくれるのは嬉しいですね。大好き。

  • 肉親を見殺しにしてしまった男の物語

オールド・ジョージ(悪意の声役)が現れるたびに、「うしろー」と言いたくなるのを堪えてました(笑)顔が怖いよ。この主人公にとって、あの崖のぼりは愛する人を信じ切れるかどうか、という試練だったのではないかと思います。トム・ハンクスはやっぱり上手いよね。怖くて体が動かないシーンとか悲劇的でとても良かったです。

これらのエピソードを貫いているのは「人間にはそもそも序列がある」(この台詞が航海する男のエピソードの最後に提示されている)という固定的な「縦の」価値観と、愛情や友情という縦型の価値観に対応する「横の」価値観を描いているのではいかと思いました。異性でも同性でも恋愛は可能だし、友情を育むのに白人も黒人も関係ない。序列という経糸(たていと)と、おおらかな価値観を緯糸(よこいと)にして紡がれた壮大なタペストリーのような映画、でした。