アメリカン・ハッスル


天才的な詐欺の才能を持つアーヴィング。彼の役を演じたのがクリスチャン・ベイルだってことがまず詐欺だと思いました(笑)冒頭の薄くなった頭髪を丹念に隠して身支度を整える半裸の姿は、ぶよぶよと腹が出ていてどう見ても冴えない中年のおじさんにしか見えない。あのダークナイトことブルース・ウェインの引き締まった肉体からよくここまで腹を出したね…。クリスチャン・ベイルの役作りへの執念は聞いていたけど、エンドクレジット見て久しぶりにびっくりしました。なんなんだこの人、百面相か。
まあそれはさておきこの映画、詐欺師が罠にはまって捕まり、実刑を免れる代わりに他の詐欺師を罠にはめていくうちにどんどん話が大きくなっていって、登場人物の誰も物語を導くことができない奇妙なスリルに溢れていて面白かったです。べたにドラマチックな盛り上げ方じゃなくて、登場人物たちの心変わりや事態がどっちの方向に転がって行くのか分からないまま、あれよあれよという間に展開していくんですよね。天才ですら制御できない、詐欺の裏側で繰り広げられる人間関係がすごく面白かったです。特にアーヴィングを挟んだ愛人シドニーエイミー・アダムス)と妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)のやりとり。ものすごく女の嫌なところをぶつけ合うんだけど、ふとロザリンが感情極まってシドニーにキスをしてしまうんですよね。あれ、なんかちょっと分かる気がする。ロザリンは息子を餌にアーヴィングを引き止めているという事実をよく分かっているしそれをシドニーに指摘されるから怒るのだけど、シドニーがアーヴィングにそもそもそれほど愛されていないという部分もよく分かっている。お互いにアーヴィングを挟んで向かい合っているけど、彼女は自分とシドニーが同じ側に居ることに気づいているんですよね。そのシドニーに向けられた感情がふと、自分に向かってフィードバックしてくる感じ。たぶんその瞬間に、「怒り」が「愛しい」に相転移してしまうんじゃないかな。この映画全体を通してロザリンの行動原理はまったく理性を欠いた別の力学で動いているんだけど、なんかそういうのありだな、と思うんですよね。いや、こんな人近くにいたらぶちぎれること間違いないけど(笑)ていうか、アーヴィングはよく耐えたな…。
そうこの物語、いろんな力学が複雑に作用する物語なんですよね。詐欺師の力学、女の力学、政治の力学、そして男女の力学。一つの力学の作用が、別の力学へ思わぬ形で作用して、それが延々と連鎖していく。そんな中で最後には詐欺師の力学で物語を着地させた。そういうところが面白かったです。

それとジェレミー・レナーがやっぱり素敵でした。ストイックな真面目顔もいいけど、笑ったところもいいなー。