「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」

泳ぐのに、安全でも適切でもありません (集英社文庫)

泳ぐのに、安全でも適切でもありません (集英社文庫)



恋愛って、効率悪いよなあとしみじみ思いました。生きていくのだってそんなに効率いいわけじゃないけど、片方を必要とする恋愛ほどじゃない。読んだ後、すごく恋愛したいとはあまり思わなかったです。というよりなんだか安心しました。ああ、こんなに効率悪いことするなんて、ホント気が知れないなあ、と。


タイトルの「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」。こういう看板が一番相応しいのは三途の川だろうな、と読みながら思いました。死に行く近親者を見守っていても、それに関係なく恋愛ができる。できるけど、急流に飛び込んだような、泳いでるんじゃなくてそれ、流されてんじゃないの?っていう、ままならない風景が印象的でした。


「うんとお腹をすかせてきてね」
食欲と性欲は、飢えるという点において近いと思います。同じものを食べて同じ肉体になるわけはないけど、この近似はそれを錯覚させるように思いました。


「りんご追分」
自分にとってのリアリティ、「これが現実だ」っていう感覚を、他人に説明するのはとても難しいことだと思います。自分が向き合っている世界の架空のものがすべて削ぎ落とされて、簡潔なリアリティだけになったら、きっとこんな風につても透明で空虚な気持ちになるのかなあ、と思いました。


「十日間の死」
恋愛の非効率的な一面は、失った時にも現れる、というのはきっと誰でも分かると思います。ままならない気持ちを葬るために十日も必要とするし、葬った後の喪が何時明けるかなんて分からない。だからある種の儀式のようなものは必要なんだろうな、と思います。例えば、泣くとかいったものが。


「愛しい人が、もうすぐここにやってくる」
習慣というのは、無駄な部分が削ぎ落とされた行動だと思います。そういう無駄を省いて行ってなお残してしまう効率の悪い部分の愛おしさ、それを甘んじて受け入れる冷めた狡さが、とても心地良かったです。