「サマーウォーズ」



アルゴリズムって、あのスーツ着たお笑いの二人が「一歩進んで前ならえ〜♪」ってやつでしょ』というくらいの認識で見て大丈夫な映画でした。「数学オリンピックの日本代表落ちの主人公が〜」という事前の情報と、冒頭でアルゴリズムの本(遺伝的アルゴリズムかな?よく見えなかった)を電車でニコニコしながら読んでる描写から、ちょっと期待したんですけどもねえ。SFというよりはドラマが楽しい映画でした。


ネットワークの基本は「つながる」です。ノードとノード、人と人がつながる。デジタルを基盤とするインターネットも同じく、単につながっているだけ。そこにデジタル特有の緻密さや距離感はあるし、それが昔ながらの人と人の間に存在する人脈というネットワークとは違う文化を生み出しているけれど、ネットワークは「何か」と「何か」の間にしか存在しないもの。そしてこの物語は、そういう異なるネットワークを一望しながら、その根源を指し示しているのだと思います。
前半のシークエンスで示されているのは、一見、人のネットワークの強さのようにも見えます。インフラがダウンしただけで失われてしまうデジタルのつながりと違い、人のつながりには基盤に依存しない強度がある。
ここで登場する黒電話というアナログなアイテムがそれを象徴しています。けれどここではデジタルを否定するのではなく、もう一つのネットワークもまだアクティブなんだよということを表現しているように感じました。おばあちゃんがかける電話の相手が登場して事件の解決に貢献する訳じゃないし。ネットワークは本来「目に見えないもの」だということをうまく表現しているように思いました。
後半のシークエンスは、ネットワークの中での悪意と善意の対立という神話的な物語なんでしょう。つながりの中には、いろいろなものがあります。良い悪いというのは相対的なものでしかないけど、すべてが良くもないけどすべてが悪くもない。ただこの物語の少し弱い所は、この悪というものをしっかりと描けていないところ。「つながり」という部分を強調するために削ったのかもしれないけど、やっぱりちょっと物足りないなと感じました。少年と少女という小さなつながりから、家族というつながり、そして知られざる人々(Unknown)との大きなつながりへと展開していく部分は、アナログとデジタルの距離感をうまく使い分けていて面白かったです。


アニメーションの表現がちょっと苦手なので(エヴァが怖いんですよ)こういう漫画っぽいアニメーションは安心して観られました。一番印象的だったのは、危機が迫る中家族でご飯を食べるシーン。みんなでちゃぶ台を囲んでいるところへ侘助がなんの躊躇いもなく自然にとけ込む部分が、つながりの強さを感じてぐっと来ました。「男はつらいよ」という映画の中で、寅さんは帰る度に必ず家の前を一度通り過ぎるというお約束のシークエンスがあるのですが、これは日本の家族のとても繊細な部分を描いていると思うんですね。家を出た者が帰って来る時にはなんらかの儀式が要るんです。この映画の中でもそういう儀式を行い、それを終えた後、食卓に受け入れたみんなの無言の「おかえり」がさりげなく描かれていて素敵でした。


これ、小説だったらもうちょっとSFっぽい面白さで描けるんじゃないかなあと思ったので、あったら読んでみようかな。