「インセプション」


人は何かを拠り所にしてこの世界が「本物である」と認識しています。例えば「スプーンを曲げられる」という人に会ったことがあります。まあ実際に曲げられるのかどうかは見ていないので分かりませんが、私が信じている科学的な客観と同じくらいの「強度」で、この方は一般的な物理法則とは少し異なる何かを信じているのだと思いました。それに拠り所にするのは他にも、五感や直感もあるだろうし、他者との関係でもあるでしょう。映画や小説に触れることで感じる「何か」、誰かに言われた一言で気がつく「何か」。そう言った「本物」を感じること、すなわち私の「世界」を構築するものは様々に存在します。それは文字通り千差万別、その多様性が個人を成り立たせているとも言えます。しかしながらこの映画ではその多様性は表層的なイメージとしてしか表れていません。その世界が何によって支えられているのは実はそれほど問題ではない、むしろその強度がここでは描かれているのだと思いました。何をもって「本物」を感じるかではない、どれくらいそれを強く信じているかということ。そして時々当たり前に信じているその強度にふとした瞬間亀裂が入るという危うさは、きっと誰でも感じているはずです。例えば悪夢を見た後、目覚めた瞬間に。そしてまた、先のスプーンを曲げられる人のようにその頑な信心が意外な強度で存在していることも。その強度を描いてるのだと思いました。
そしてもう一つ。これは物語の構造をこと細かに解体してその骨格を表している、メタ的な構造を持っていると思いました。観てていかに自分が表層的な感想しか書けてないのか良く分かりますね(苦笑)父と子の関係は古くから物語の一形式として数多くの映画や小説で取り上げられるテーマですが、そういう基本をベースに物語がどのような階層構造を取るのかを見事にストーリーの中で表しています。すごい、こんなに物語の骨格をスケスケに見せていながら、それを使ってさらに物語を語り得るんだ。「葛藤」も「和解」も、物語に強度を与える骨格としてきちんと機能していながら、それを層としても表現している。その層をストーリーに組み込んでいるんですよ。もう何を言ってるか分かんないですが(笑)
階層構造をとる物語なんですが、階層ごとの特徴がきちんと画的に分けてあるので集中して観ていればそれほど混乱はしないかと思います。この階層間の関連もうまく表現していてすごく面白いのですが、そういうのちょっと難しいなと思うのであれば、階段のイメージとシーンを組み合わせると分かりやすいでしょうかね。一段目はあの場面、二段目はこの場面という具合に。SF読む人はこういうの慣れてるでしょうけどね。そんなのは難しいやとさじを投げても、それでもなおこの映画が素晴らしいのはアクションが異様に面白いところ。めちゃくちゃかっこいいな。スタイリッシュという言葉が野暮ったいくらい。もちろん音楽もハンス・ジマー(パイレーツ〜の人)で盛り上げまくりです。
キャストでこれは!と思ったのは、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットさんでした。あの(500)日のサマーの彼ですよ。繊細な印象が強かったのですが、こういうワイルドな役柄も似合うなあ。そしてもちろん渡辺謙さんも素晴らしかったです。日本人の演技がこんなにハリウッドに馴染んでいるのは、見ていてすごく面白いですね。



実を言えば、この映画の伊藤計劃さんの批評が読みたかったです。「世界」に繊細かつ鋭い視線を持っていた彼であれば、違う構造をこの中に観ていたでしょう。この映画は「世界」そのものが主役のような、そんな映画だったので。