- 作者: 田中哲弥,大森望,日下三蔵
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2010/07/27
- メディア: 文庫
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今年も出ました。あまり国内のSF作家さんを読まない私の間口を広げてくれる、この短編集ですが今回も粒ぞろいでした。いやー、すごいボリュームで読み応えありましたよー。たくさんの作家さんなので、作者名の敬称は略させてもらいました。
- 夢見る葦笛(上田早夕里)
人よりも鋭い感覚を持っているせいで怪物にならざるを得ない女性と、人よりも鋭い感覚を持っているせいで怪物に魅了され、それになろうとする女性、この二人の同性愛的な耽美さが根底に流れているような短編でした。
- ひな菊(高野史緒)
音楽とウィルスと私。
前から気になっていた作家さんでした。哲学xSFとか、戦争xSFとか、SFというジャンルはなんでも掛け合わせできるなあと気づいてから、そういえば性xSFってないのか、と思っていたらちゃんとありました。自分に恋をする自己愛という、こういう常識に囚われない性の感覚は、SFのなんでもアリな懐の深いところと相性がいい気がしますね。
- 夕陽が沈む(皆川博子)
言葉が持つイメージってすごいなあと思います。正直に言ってこの話にオチみたいなものはないのですが、言葉のコラージュだけで抽象的なショートフィルムを観ているようでした。
- 箱(小池昌代)
ちょっと形やデザインのいい箱って、使い道もないのに取っておいたりしませんか。それはその中身を想像させるからじゃないかと思うんですよね。なにか素敵なものが入っている予感。そんな予感を見事に粉砕された作品でした(笑)いや好きです、こういうの。
- スパークした(最果タヒ)
映画と小説の違いは、イメージを直接与えるか間接的に与えるかの違いだと思います。だから小説での表現は、物理的な制約を破綻せずにふっと越えることができるんですよね。細胞単位の視点から歴史的な視点へと、イメージの自由気ままな跳躍。おかげで意味は…あんまりよく分かりませんでした(笑)
- 日下兄妹(市川春子)
会話が面白いなあ、と思いました。普段会話している時って、発話が被ったり、流れの中で暗黙的に短い言葉でつないでいくことがよくあると思うのですが、作られた会話ではなく、そういう展開をしている部分が面白かったです。そういう自然な会話の流れがすごく「何気なさ」を演出していて、その後の深刻な主人公の告白をぐっと引き立てているように感じました。線の細い絵も好みです。
- 夜なのに(田中哲弥)
お話があっちにいったりこっちにいったり、どたばたしてるのに展開がとても流暢で面白かったです。作者さんは吉本の台本作家だったんですねえ。ああ、なんとなく新喜劇っぽい、笑いも涙も大盛りサービス的なものを感じました。関西の人のお笑いに対する精度の高いセンスは、なんていうかほとんど異次元の世界に近いですね。
- はじめての駅で 観覧車(北野勇作)
あ、これ絵だな、と思いました。巨人が車輪を押して地平に去って行く絵って、なんかどこかで見た事あるような気がするんですが、そういう作風の絵と想像がごっちゃになってしまったかのような、不思議な感じでした。
- 心の闇(綾辻行人)
肝心なところはいつも闇の中。
- 確認済飛行物体(三崎亜記)
タイトルの響きだけで想像して書かれたという短編ですが、そういうことってありますよね。昔、一緒に働いていた人が「電動ブラシ」を「電動ブシ」と言い間違えただけで、私はその後小一時間ほど妄想を巡らした事がありました。誰か「電動武士」で短編書いてくれませんか。
- 紙片50(倉田タカシ)
ことわざや言い回しの形式だけを残して、言葉を差し替えた文をたまにネットで見かけます。機械的に生成したかのような不自然さが面白いのは、何も文章だけじゃなく、声もそうだなあと思いながら読みました。肉と機械の仲良しっぷりが好きです。
- ラビアコントロール(木下古栗)
エロってどこまでシュールになれるのかなあ。と、思いつつ。
- 無限登山(八木ナガハル)
無限に登山なんてできねーよw!(体力的な意味で)この前、結城浩さんの「数学ガール」を読んでいて、女の子二人がピアノで連弾しながら階層を延々と登っていく数学的なアイデア(この辺の理解度が致命的だ)を説明していたのを思い出しました。数学的なイマジネーションは難しい式よりも、絵的な方が伝わりやすい気がしますね。
- 雨ふりマージ(新城カズマ)
人の在り方というか、誰かと交流することで自分は存在していると知る、そういうやり方は変わらないんでしょうね。ただそのやり方の手段は、とてもとても多くなっていて、例えばツイッターでリプライ飛ばし合ったり、ブログにコメントしたり、ブクマしてみたりと、ネットでのそういう方法はどんどん増えている。増えてはいるけどそれで何か自由になっているかというとそんなことはなくて、むしろ多すぎる手段に溺れて行っているような、何を確認したいんだか分からなくなっていくような、そんな寂しさを感じました。
- For a breath I tarry (瀬名秀明)
ロボット、というか生身の人間の身体を機械に置き換えた存在を、人間はわりと昔から考えていました。その対比から見えてくるものが面白いと思う一方で、最近はなんで人はそんなことを考えんのかなあと、ぼんやり考えています。
- バナナ剥きには最適の日々(円城塔)
あれ?円城塔だよね?と、何度か確認してしまいました(笑)こういうのも書けるんですねえ。でも、ところどころおとぼけ調な文がぽろっと溢れてるのがご愛嬌。想像を絶する距離を旅する、無人探査機の僕とお友達の物語は、この前擬人化されて異様に盛り上がった「彼女」のお話にちょっぴり水をさすような冷ややかさだけど、そのクールなおとぼけがなんだか可愛らしかったですね。でもいつもの「おちょくられてる?」感がないのがちょっと寂しく感じてしまった私はどれだけ毒されたのだろうか。
- 星魂転生(谷甲州)
SF読んでて、ああそっか、って思うのが好きなんですよ。ベースとなる理屈から論理的な帰結として導き出される、さらなる理屈。主体となる「私」の考え方も微妙なところで異質で面白かったです。
- あがり(松崎有理)
物語に登場する少年は、こういう風に世界に何かを証明する存在であって欲しいなと思いました。その証明が世界そのものに影響してきちんと世界と繋がっているけれど、それがどこか透明で希薄な感覚は最近の作家さんらしい感覚ですね。でも最後のオチは、もう少しどきっとさせて欲しかったなあ。なんだかんだ言って「世界は手に負えない」という途方もなさが好きなので。あと大学の研究生活という知らない世界を垣間見たのはすごく新鮮でした。