ザ・ファイター

アメリカの片田舎、ローウェルの兄弟ディッキーとミッキーはプロボクサーだった。実力はありながらもプライドが高くトラブルを起こしてばかりの兄と、寡黙で実直な弟は、時に反発し合いながらも仲が良かった。しかしディッキーが起こした事件がミッキーに重大な傷を負わせ、ディッキーは刑務所入りとなってしまう。

この物語を私はずっと弟の視点で観ていました。それは家族というものが、支えになるだけでなく、足かせもなり得る厄介なものだと物語っていたように思います。「チャンピオンになるのはあなただけの夢じゃない。家族の夢なのよ」と、マネージャーの母が弟のミッキーにかけた言葉にそれが象徴されているように思うんですね。まわりからどんな応援の言葉をかけられても、リングに立つのはミッキー一人だけ。けれどこの物語は、そんな家族を否定も肯定もしません。家族の存在を否定しながらも、ミッキーは兄のアドバイスを受け入れて勝利します。そしてそのことを否定しない。否定できない。かと言ってそれがミッキー自身の精神的な敗北になるかというとそうはならないんですね。彼は彼なりのやり方で、家族というものの厄介さを克服していきます。それをボクシングの試合というかたちで表現しているように思えて、すごく胸が熱くなりましたね。

最後に兄のディッキーはミッキーと共にカメラに向かって、弟の勝利を自慢します。そこで私は初めて、この物語が弟の勝利で幕を閉じるだけでなく、その勝利が兄の敗北なのだと思ったんですね。そういう視点で振り返ってみると、これは兄ディッキーが敗北を認めるまでの変遷でもあったのでしょう。弟が勝利に近づいて行くにつれ、兄は敗北に向かって行く。その交差はどこにあったのかというと、私はそれはミッキーの試合中にディッキーが刑務所から自宅にかけていた電話のあたりだと思うんですね。そして彼は自分の才能すら持て余してしまうほどに天才すぎたんじゃないかと思います。ボクシングのことはよく分からないけど、戦い方にはその人柄が出るんじゃないかと思うんですね。それは弟のミッキーにも言えることですが。

こういう映画を観ると、男の人っていいなと思います。この兄弟はそれぞれ確執を抱えていたり、うまく気持ちが伝えられなくて泥沼に陥ってしまうような状況で、ぱっと朝目覚めてそのままグローブをバックに詰め込んで無言で練習に向かったり、刑務所のバスケットコートを無心に走り回ったりと心ではなく身体に何かをぶつけるんですよね。それがとても清々しい。一方、女性は一言文句言ってやろうとわざわざ相手の家まで大勢で押し掛けて咬み引っ張り合ってギャーギャー騒ぐだけ(笑)ああ醜いわ。

それにしてもこの兄ディッキー役をやったクリスチャン・ベールさんはすごかった。この人、他の映画でもすごい役作りしてるらしいのですが(観てない)、あのカッコいい人がが彫りの深いシムケンみたくなっていたのにはびっくりしました。落ち着きのない出しゃばりでかっこつけたがりで、それでもどこか憎めない兄が素晴らしかったです。