完璧な涙

完璧な涙 (ハヤカワ文庫JA)

完璧な涙 (ハヤカワ文庫JA)

感情を持ち合わせていない少年宥現(ひろみ)は、分かり合えない家族に別れを告げ旅に出る。彼は子どもの頃から疑問を感じていた、「銀妖子」という得体の知れない存在の正体を突き止めようとしていた。砂漠の砂に埋もれていた都市で宥現は一台の戦車を見つける。長い間廃棄されていたらしいそれは、宥現の存在を知覚すると目を覚ました。

なんでも題材にしてしまうSFのどん欲さが好きです。宇宙人や未発見の生き物という分かりやすいものだけじゃなく、時間や言葉、意識といった概念までも料理してしまう。で、感情です。そういえば感情というものをよく考えたことはないような気がしますね。ずっと持っているもので、存在することが当たり前で、持っていると良いことも多いけど、やっかいなことも多いもの。そして人と人が分かり合うためにはかかせないもの。それを最初から持たないで生まれて来た人間がいたら?そんな設定でこの物語は展開して行きます。
小説がただ単に事実の羅列だけで終わったら、つまらないと思うんですよね。感情的になりそうな展開をあえて簡潔に描いて、読者に想像させるということはあるかもしれないけど、全編そうはしないはず。でもこの作品では、宥現という感情を持たない少年を主人公に据える、という思い切ったことをしています。もちろん、彼の感情の描写は一つもありません。ここが逆に面白いところで、彼は周囲の人間の表情や言葉から、感情を推論し始めるんですね。それがこの作品世界での感情の定義として機能しているように思いました。
そしてもう一つは戦車との戦い。戦車と言っても搭乗者のいない自律型機械です。もちろん感情はありません。宥現と戦車、感情のないものどうしの冷たい淡々とした戦いが壮絶に繰り広げられるのですが、これが逆に読んでいてすごく熱い。感情という余計な要素がない分、両方とも容赦がないわけです。そしてお互いにお互いのことを、外挿し始めます。外挿、というのは既知のデータを元にそのデータの範囲内で想定される値を求めること、というSF用語なのですが、厳密には「予想」とは違うんですね。この作品に限って言うと、「予想」とは感情を含む隙間があることなんじゃないかと思います。未来予想図は、二人が年老いて死ぬまでの経済的、時間的想定のことを示すのではなく、二人が将来的に重ねて行く感情の結果、幸福な未来であるようにということです。(未来「外挿」図なんて歌があったら面白いかもしれないけどw)このように外挿というSFの基礎要素がしっかりと設定されていて読んでいて楽しかったですね。
完璧な涙、という言葉には矛盾があるように思うんですね。「完璧な」というのは感情の入る隙を許さないし、その表現である涙が完璧であるはずがない。けれど、文字通りこの作品は完璧な涙を描いています。これはSFでしかできないことだと思いますね。

あわせてこちらも。展開の進め方が原作に近い乾いた雰囲気で素敵です。宥現かっこいいわ。

完璧な涙 1

完璧な涙 1