火星年代記

Kindleで。初Kindleです。
火星の原住民の滅亡から、地球人の入植、繁栄、そして地球そのものが滅ぶまでを、年代順に短編として描いた作品です。もうすでに火星に無人探査器が送り込まれ、その映像を地球で見ることができるような時代にあって、この作品の火星の描写は理想郷すぎる気もしますが、個々のバラエティ豊かな短編に詰め込まれた着想は今なおとても面白く読めました。
いくつかハイライトをつけた部分を引用してみます。

もうあのことばはわたしのものではない。それらは宇宙のものなのであって、到着するまでは誰のものでもない。ことばは一秒間に十八万六千マイルの速さで目的地へ飛んで行く。


レイ・ブラッドベリ火星年代記

先に火星に入植した恋人の後を追い、地球を旅立つ前夜の女性の心境を綴った短編です。引用はその恋人に向けて超長距離の電話をかけた時のシーンです。すごく詩的ですよね。宇宙空間を突っ切って恋人の元まで届くことばの速度が、この女性の想いの強さとして数値で表現されているなあと思います。
それと電話はこの後の短編でも、この意味とは逆にちょっと意地の悪いコメディのツールとしても登場していて、この短編の純粋さの対比として見ると面白いですね。

もうひとつ。

性は与えられながら、性を持たぬもの、ロボットたち。名は与えられながら、名を持たず、人間からあらゆるものを借りながら、人間性だけは借りていない


レイ・ブラッドベリ火星年代記

火星で人間に成りすますために作られたロボットたちの物語。というとちょっとディックぽいですが、どちらかというと風刺コメディ的な作品でした。けれどこの一節はロボットの本質を突いているなあと感心しました。

この人間性に関わる部分を盛り込んだのが以下の引用です。

孤独で、悲しくて、泣くということは、人間の身に起こり得る最悪のことなのだと主人は申しておりましたわ。ですから、わたくしたちは涙も悲しみも知りません


レイ・ブラッドベリ火星年代記

家族を亡くした技師が造り上げたロボットの家族のセリフですが、人間性だけは与えられていないロボットだからこそ言えるセリフですよね。そしてそのロボットと人間との差を考えるとき、そこにある人間性というものが浮き彫りにされているとおもいます。

科学的な理詰めの設定を楽しむというよりは、SFという文芸で描く詩的世界がとても魅力的な作品でした。あと最後にこの引用を。

科学は、わたしたちを置いて、あまりに早く、先へ先へと進んでいってしまい、人間は、機械の荒野の中で、道に迷ってしまって、ただ子供のように、きれいなものに、器械仕掛けに、ヘリコプターに、ロケットに熱中し、まちがった方向ばかり強調した


レイ・ブラッドベリ火星年代記

こういう感覚は時代特有のものなのかもしれないけど、なんとなく分かるような気がしますね。