マリーゴールド・ホテルで会いましょう

あらすじ

老後はインドの高級リゾートホテルで貴族のように優雅な生活をー。そんな謳い文句につられてイギリスから集まった7人の男女。しかし現地で彼らを出迎えたのは、きれいに加工されたパンフレットとは似ても似つかないおんぼろホテルと、熱意だけは超一流の支配人兼雑用係のソニーというインドの青年だった。帰りの旅費すらもままならない7人は、仕方なくそのホテルで暮らし始めるが次第にホテル同様それぞれが抱える事情も表面化していく。



年を重ねるたびに観直したい映画。
ここに登場する人々はそれぞれに年を重ねています。夫を亡くしたイブリン、子どもの頃インドで暮らしていたグレアム、一見幸せそうに見えるダグラスとジーン、老いてもなお恋愛からは卒業できそうもないノーマンとマッジ、格安で手術を受けるために仕方なくインドを訪れた元メイドのミュリエル。それぞれが重ねてきた時間を語り尽くすには、この映画では尺が足りません。そしてこの映画ではそれを語ろうとはしていないと思います。この映画でしているのは、重ねてきた時間を見せようとしていると思うんですね。役者の肌や振る舞い、発話の中にそのレイヤーがある。例えばどこに行くにしてもずっと夫と一緒だったイブリンは、ホテルに着いて早々荷物を片付けたりしているんですが、きっとこの人は家でもずっとそうしてきたんじゃないかな。逆に蛇口の交換一つも満足にできないダグラスは、家のことなんてまったくしたことなかったように見えるんですよね。もちろん主要なエピソードはきちんと語られているけど、それ以外の「時間の積み重ね」が見える配役、演技がすごく良かったです。そしてこのレイヤーは透過なんですよね。この登場人物たち、なんだかすごくかわいいんですよ。そのかわいいは、子どもに対する感情に近くて、イブリンが初めて見知らぬ外国の街に一人で出歩くシーンのドキドキしている感じとか、まるで初めてお使いに出た少女みたいで。そう、この人たち、年を重ねているにもかかわらず、少年少女のようなんですよ。プレイボーイのノーマンが気になる女性を口説くシーンなんてまるで恋愛に不慣れな十代の少年みたいだし、ミュリエルの人見知りする怯えた顔は内気な女の子のそれだし、グレアムが街の男の子たちとクリケットに興じる姿はもうそのまま男の子。重ねて来た年齢を透過して子どもの素地が透けているんですよね。でもその透過は透明ではなくて、そこにおぼろげながらレイヤーに刻まれているものが現れているんじゃないかなと思います。だからこの映画は、年を重ねる度に、自分に新しいレイヤーを追加する度に、観直してみたい。そんなふうにおもいました。

それとこの映画の脚本がとても機能的なんですよね。(褒め言葉です)一人一人には透過的なレイヤーとして年齢の積み重ねを見せながら、登場人物がそれぞれに積み重ねを対比させるような関係にある。イブリンと亡き夫とグレアムの親友の夫婦の対比、それがダグラスとジーンの夫婦の関係にもかかってくるし、夫婦という関係が独身を謳歌したノーマンとマッジの恋愛観にもかかって来る。そして主婦として社会に出ることなく暮らして来たイブリンと、メイドとして過ごして来たミュリエルの対比もあるし、見る人ごとにいろいろな関係性を見出せる作品になっていると思います。私はそうだなあ、イブリンの初めて社会に出たわ!っていうドキドキ感はすごく共感できたし、ミュリエルの仕事ばっかりしてて私の人生なんだかつまんなかったかも…っていう失望もわかる気がします。難しいよね。たぶんノーマンやマッジのようなモテ系には行けないとおもう(笑)でもこの二人の「恋愛してなきゃ!」っていう前向きな気持ちはすごくいいなっておもいますね。

なんと言ってもイブリンを演じたジュディ・デンチが最高でした。正直この人目当てで観にいった。優雅さとかわいさだけじゃなく、老いていくことの残酷さも踏まえた演技が素晴らしかったです。こんなかわいいおばあちゃんになりたいよ。