空間亀裂

空間亀裂 (創元SF文庫)

空間亀裂 (創元SF文庫)


あらすじ
2080年アメリカ。人口過密の問題は深刻化していた。コールドスリープによって未来に希望を託し眠る貧しい人々、凍民(ビブス)は増加する一方で、娼館衛星<きんのとびら>が地球軌道上に築かれ人間の性欲を生殖以外の方向へ振り向けて、根本的とは言えない解決でやりくりしていた。初の黒人大統領を目指して選挙戦へ参戦したジム・ブリスキンはこれらの問題の根本的な解決のため、以前計画され頓挫した、惑星をテラフォーミングする惑星肥沃化計画の再計画を政策に盛り込む。一方、超高速移動機の故障を修理していたリック・エリクソンは移動機の内部に奇妙な亀裂を発見する。その亀裂の向こうには、ジム・ブリスキンが提唱した計画そのもののような、肥沃な手つかずの大地が広がっていた。



P・K・ディックの初翻訳作品です。巻末の解説では、作者本人が「ひどい作品」と称したそうですがなかなか面白かったです。ただ手放しでこれはすごい!とは言えないのも事実でした。あまりにも安直な判断で展開するストーリーには呆れてしまうし、なにより登場人物のキャラがぶれぶれなんですよね。ディックの作品の魅力の一つに、現実と虚構の曖昧さ、現実の揺れがあると思うんですけど、現実の方じゃなくてキャラの方が揺れてる(笑)なんだろうこのシュレディンガーの猫的なキャラ設定。読むまで確定しないみたいな(ある意味SF)。ただストーリーのアウトラインが珍しくしっかりしているので、それほど迷子になることはなかったですね。ここもいつものディック調だと完全に見失うわ。
ストーリーはSFに的を絞ったものではなくて、スパイもの、ミステリー、冒険ものと、様々なジャンルをどさっと詰め込んで、大統領選というお祭り騒ぎを駆動力に非日常的な浮遊感がありました。アメリカの大統領選ってなんかちょっとしたイベントというかお祭りって感じだもんね。このみんなが浮かれてふわふわしている感じはけっこう面白かったですね。ですがジャンル詰め込み過ぎw しかもお互いがあんまり協調してないw 最初の方はおお!っと思たけど後半グダグダでした。でもなんだろう、いっそなんでも入れてしまえっていう過剰なサービス精神というか、冷蔵庫のありもので適当に作っちゃうからね!って期待してたら、本当に適当なものが出来ちゃったえへへって感じで楽しいです。
ストーリーもキャラクターもあまり質が良くないけど、やっぱり読んでいて「あ、ディックだ」って思うんですよね。これはすごく不思議。一番ディックっぽいな、と思ったのはジョージとウォルトという双子の兄弟。しかもこの双子、頭部を共有し身体が二つある結合双生児なんですよね。あ、っぽいって思いませんか。このキャラクターがこの作品での異形をほぼ担っていると思います。他にも凍民(ビブス)に娼館衛星<きんのとびら>。この性の園の王がジョージ・ウォルトの兄弟なんですが、このへんのいかがわしげな雰囲気に異形のものという組み合わせはなかなか、っぽいなと思います。

ストーリーにもう少し言及すると、すきまの世界の物語だと思うんですよね。すきまってなぜかちょっと覗いてみたいと思いませんか。その向こうになにかがありそうだと期待してしまうんですよね。覗き込んだ向こうの世界はどんなかたちなんだろう、異形の世界がそこに広がっているんじゃないかって。確かに現実にはそこには何もありません。チープでくだらないものがあるかもしれないけどそれ以上のものではないんですよね。でも頭の中にはその世界が広がってますよね。そこになにかがある、その錯覚こそディックの世界、そしてこの物語はたぶん本のこちら側からそっと覗き込んだ歪んだ異形の世界そのものなんです。