her / 世界でひとつの彼女


人工知能と人間の恋愛を描いた作品。すごく良かったです。人工物に感情移入したり耽溺することを嫌う人はいるかもしれない。ましてコンピュータと恋をするなんて子供じみていてみっともないこと。そもそもそれはまがい物なんですよね。でもそういうものと心を通わせる瞬間というものも確かにあると思うんですよ。だって人間どうしですら、本当の意味で心を通わせているかどうかなんて確証は得られないことなんだから。その相手が機械か人間かなんてどっちでもいい…というのはSF読む人の暴論かもしれないけど。


この映画のすごいところは、相手がコンピュータであると常に意識させながら擬人化したコンピュータではなく、ちゃんとコンピュータの中の人格との恋愛のリアリティを追求しているところ。これはね、すごくさりげないく描かれているけどすごいことだと思うよ。映画はどうしても虚構でしかあり得ないからその虚構にいくらでも逃げ込むことができるんですよね。機械が人間の肉体を持とうとしたりするのは当然の帰結です。でもこの映画はそれを通過点の1つとして描くんですね。まるで付き合い始めた頃のカップルがいろんなデートやセックスを試みるように。
機械はあくまで機械、人間はあくまで人間。この映画はその一線を頑に守ります。それは付き合うということが異なる者どうしの理解や譲歩であり、妥協であるから。人間どうしのパートナー関係を忠実に機械と人間に投影したことで見えてくるのは、人間が関係に見いだす苦悩や葛藤、そして無情の喜びなんですよね。これね、ほんとすごいあぶり出しだと思う。物理的に相手が不在だからこそ、その人間の深いところにある感情が画面にあふれているような。そしてそれをやり遂げた主役のホアキン・フェニックスがすごいよね。あんまりこの人出てる映画観たことないけど(あ、グラディエーターに出てたか)ちょっと怪しげなおじさんだと思ってた(笑)


機械の感情は分からない。サマンサがどんな感情を抱いているのか、その言葉や話し方、彼女の創る音楽などのアウトプットからしか推測することができません。そういう部分は人間と変わらないですよね。表情はないけどその分、声のトーンで心理状態がすごくわかる。このサマンサの声をスカーレット・ヨハンソンがあててるけど、これもすごく上手かったなあ。そして彼女は主人公セオドアの願望を反映する鏡(ミラー)でもあるんですよね。セオドアが職場の人に、「君の中にはまるで男性と女性が二人いるようだね」と言われることからも、サマンサはセオドアの理想の女性像を反映した人格でもあるんですよね。人間がこういう理想像を押し付けられるとたまらないけど(元妻はそれで逃げ出す)、機械にはそういうものを頑固に持ち続ける人格上の制約はないのでしょう。代わりに機械の上の人格、ソフトウェアオブジェクトとして常に変化し続ける(映画では進化)ことが命題であり、それがあのエンディングの特異点を超える結果へとつながって行くのだと思います。
それは人間の側からみると彼岸へと旅立って行くことと同義です。人間のメモリストレージにデータを書き込んだ機械と、機械の人生の物語に手紙を書き残した人間。すごく素敵なラブストーリーでした。



ちょっと余談ですが、観ててこの本を思い出しました。

あなたのための物語

あなたのための物語


あなたのための物語 - ここでみてること

こっちは主人公がサマンサですね。そしてセオドアのように他者のために物語を書き続ける機械が登場します。まあこっちは恋愛ものとはほど遠い壮絶な話だけど…。人生という物語において死とはなにかを、意識を持った機械と人間、それぞれの側から描く作品です。いろんな意味で読むのきついんだけど、また読み返したいな。


同じ作者のこちらの作品もこの映画と近いものがありますね。


BEATLESS - ここでみてること

人工物との関係を描いた作品です。ちょっと違うのは人工物の責任を所有者が担うということ。映画のように対等なパートナーというより主従関係ですね。人間よりも遥かに知的な人工物と、そのオーナーになる人間と。機械と敵対するするのか友好関係になるのか、それともその存在を拒絶するのかという、もっと社会に寄った視点から機械との関係を描いています。ライトノベルっぽいけどかなり重厚な作品ですね。


まだまだあるよ。人工物との関係で一番理想的だなと思うのが、こちら。

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫JA)


華竜の宮 - ここでみてること

こっちの方が映画に近いかな。主人公と人生を共にする機械知性体との関係が描かれています。日常のこまごましたことをウェブに保存しておいたりすることをライフログってよく言いますが、この知性体はまさにライフロガーそのもので、人生のアシスタントです。この知性体と主人公の関係はもう一人の自分でもあるし、夫婦のようでもあるし、親子のようでもある。そのどれとも明確に区別しがたい微妙だけどお互いに支え合っている関係がすごく素敵です。面白いよ。