陽気なジャズの向こうに心が折れる音が聞こえる - セッション


!!! ネタバレあり !!!











観てきました。えーと、音楽を題材にした映画でこんなに心躍らなかったの初めてです(笑)ていうか初めてだよ、音楽映画でこんなに恐怖したの。
この映画は何だろう。教育を題材にした、だなんてとても言えない。厳しい師弟愛なのかもしれないけど、それは愛っていうより闘争だ。期待以上の音楽家を創り出したい教授。彼のその情熱は、もう育てるとかそういう次元のものではなく、フランケンシュタイン博士のような妄執に満ちた創造に取り憑かれた狂気だ。完璧に変態だ。(言い切った)そして弟子は愛しい怪物へと変化していく。交通事故に遭ってもなおコンサート会場に走って行く姿は狂気を通り越してもはや喜劇なんだよね。もうこいつばかだな、って笑ってしまった。まあこの物語はフランケンシュタインの怪物の物語とはまた別のものですが、なんだかそんなふうに感じました。
それではこの映画はいったいなんだったんだろう。私はそこに「白紙」を観ました。
音楽に必要なものはなんでしょう。楽器はさて置いて、優れた才能?卓越した技術?気高い自尊心?たゆまぬ努力?続けて行くための経済力?まわりの評価?社会的な価値?音楽を愛する心?


いらなーーーーーい!
そういうのぜんぶ、いらなーーーーーーい!
そんなくだらないものぜんぶ燃えてしまええええーーーーー!


と言っているように思えたのです。教授は生徒のこういう「余計なもの」に満ちた心をばっきばきに折り、容赦なく踏みにじります。これ原題は「Whiplash」、「むち打ち」と言う意味とジャズの名曲にかけているタイトルです。まあほんとその通り、愛の鞭…ではないよな、あれは。優秀な競走馬に鞭を入れて速度を出すように、容赦なく言葉やらイスやらが飛んできます。おおこわい…。
教授のやっていることは狂気の沙汰です。そんなことをしていたら、いずれ生徒は生きるために必要な最低限の自尊心すら破壊されてしまう。この弟子はそうやってばきばき、ばきばきと心を折られてしまいには音楽そのものへと絶望してしまう。
ここでちょっと思い出したのが漫画「舞姫」というバレエ漫画でした。母親の熱心な期待に応えられるだけの才能もあり意欲もあった姉と、さほど期待はかけられずにマイペースでバレエを楽しんでいた妹の物語です。姉は一度も自分から「バレエを止めたい」と言うこともなく、静かに絶望していくんですね。一方妹は嫌なことがあって一時はバレエを止めるけれど、その楽しさを思い出してまた自分からバレエの道を選択する。この「自分で選び直す」という過程のあるかなしかで、姉妹の生き方に明暗が分かれます。
弟子もまた自分から選んで、再び音楽の道へと戻ってきます。優れた才能も、卓越した技術もない、自尊心は教授に粉微塵になるまで折られた、ステージで暴力事件を起こしてしまってもうどこからもオファーは来ない。ちなみにちょっといいなと思った女の子にも振られた。
この完璧なまでに真っ白な「なんにもなさ」。まっしろな自分と音楽だけがそこにある、シンプルさ。これ以上はもう削ぎ落とせないところまで落とした、音楽のためだけの人間。
あとはもうそこに、音楽を書き込むだけ。最後のシーンの、まるで生まれて初めてドラムを叩くかのようなスローテンポからのアップテンポ、あれこそ教授の本当の「授業」だったのだと思います。