リリーのすべて

世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人、リリー・エルベの実話を元にした物語です。監督は『レ・ミゼラブル』、『英国王のスピーチ』のトム・フーパー。どちらも観たけどすごく好きな作品です。


まずはストーリーから。物語の中心は当然、リリー・エルベ、元アイナー・ヴェイナーの男性の肉体を持って生まれた女性の苦悩がメインなんですが、意外とその妻のゲルダにも焦点が当てられていたと思います。妻は異性愛者なので男性のアイナーに惹かれて結婚をします。ああ確かこの辺のいきさつが劇中で語られていたのに忘れた…。彼女は画家のアイナーと同業の人物画の画家ですが、アイナーの方が世間的には評判が高く、ゲルダはなかなか才能を芽吹かせることができません。しかしアイナーがふとしたきっかけで自分の中の女性「リリー」に目覚めたことと同期して、彼女の才能もまた表出するんですよね。彼女たちはお互いが存在しなければ、自分自身の中にあるものを外に出すことは出来なかった。とても控えめで劇的な演出などなにもないけど、運命というものの素敵な描き方だと思いました。


それともう一つは、彼女たちが芸術家であるということ。そして周囲のリリーの存在に気がついた人たちもまた芸術の域に居る人ばかりです。リリーの恋人となるヘンリクは詩人だし、幼なじみで初めてのキスの相手のハンスは画商をしています。リリーを支えようとしている人々は皆、審美眼が確かなんですよね。内面の価値を正しく判断できる基準を持つ人たちです。美を見出す視力があるっていうこと。その眼たちがアイナーの内側にある女性に気がついた。なぜならそこに女性的な美しさがあったから。この内面にしか存在しない美しさを、男性であるエディ・レッドメインはそれこそ全身を使って表現していたんですが、これが本当に素晴らしい。服の縫い目に這わせる指先や、艶かしいポーズ、返事の時の小さな頷き。女性であることを自覚してからアイナーは絵を書かなくなってしまいます。彼女は芸術家を止めてしまったのではなく、内面の女性を表出する表現者、今まで名付けられたことのない芸術家になったのかもしれません。