斬、

塚本晋也監督作品です。最近は役者としてドラマや映画でお見かけすることの多い塚本監督ですが、映画作品の方は穏やかそうな雰囲気とは全然別の、言ってしまえば「強い」映画です。なんていうかお酒の強い弱いみたいな感じで、観ると五感や思考に強い影響を与えて、で、アルコールと違って醒めずにずっと残るんですよね。そういうところも含めて強いので、この監督の作品を観る時はぐいっといくくらいの心構えで観てます。


で。この作品です。明治維新直前の江戸時代の終わり。江戸から遠く離れた寒村で居候をする若い剣人と、村の娘、そして強い剣士を集めて変化する時代に抵抗しようとする剣豪の三人を軸に、タイトル通りの「(人を)斬る」という行為を通して人間を見つめる、そういう映画でした。


時代劇の形ではあるんだけど、武力と対話という構図や抑止力、復讐の連鎖などのテーマが織り込まれたドラマはとても生々しいんですよね。特に蒼井優演じる村の娘が復讐を請い願って絶叫するシーンは圧巻だった。人は無駄に死んではいけない。人は生き物のようになんの意味もなく死ぬわけにはいかない。人の死にはちゃんと誰かに語り告げる物語が必要で、そのことが人であることの意味でもあるし呪いでもある。一方、居候の若い剣士は人を斬る技を磨きながらも、人を斬る行為に連なる物語を見つけられない。誰かの人生の物語に句点「。」をつけることの暴力性に心理的にも肉体的にも惑わされているんですよね。その対比となるのが、娘の弟で血気盛んな若者です。彼は若さゆえの無知故に自分自身に対して過剰な自信を持ち、人を斬るということの意味を正しく認識することができない。ただ自分の力を証明したいだけ。仮に彼が人を斬ったところでそこに誰かの物語を想像することはできないだろうし、逆に彼は自分自身の物語を他者によって終わらせられることを想像することもできなかったと思うんですよね。
そしてこの物語で人を斬ることができる人たちというのは、もう明確に個人の物語ではなく時代や世の中というもっと大きなお話に飲み込まれている。剣士を探して旅をする剣豪は時代の変化に要請され、盗賊まがいの集団の頭領は生き延びるという最低限の一線を守るために。
この映画は人を殺すということを、そういう大きな枠から俯瞰して「仕方なかった」とはせずにどこまでも個人の領域に鋭く突きつけてくるんですよね。どういう理由があって、あなたは人の命を奪うのかということ。


このお話は暴力の行使のその次を問う映画でもあると思うんですよ。タイトルそのままに。「人を斬って、それから?」ということ。暴力は一瞬で、それまでの過程もそこからの展望も全部消してしまう。そんな事実をあなたはどう、自分の物語に組み込むつもりなのかということ。消してしまってもう存在しないものをどうやって?


映画では音もすごく印象的で、普段では聞くことのない日本刀を構える音や重い鉄のぶつかり合う音がよりこの映画の生々しさに加担していたと思うんですよね。暗めのシーンが多い中で煌めくような甲高い鉄がぶつかり合う音がすごく映えていて、暴力の陰鬱な一面だけでなくて、大きな力を奮うことへの魅力的な一面が出ていて良かったです。