「風味絶佳」

風味絶佳 (文春文庫)

風味絶佳 (文春文庫)



去年はSFばかり読んでいて、久しぶりに脳の違う部分を活性されました。


すごく読みやすかったです。
彼女の長編ももちろん好きですが、こうやって色とりどり楽しめる短編集というスタイルが一番好きですね。
レストランで一品ものをどーんと注文するより、ちょっとずついろんな味を楽しめるセットを頼んでしまう気持ちに近い気がします。


「間食」
これは恋愛というより一方的に可愛がるという行為の階層構造を描いた物語かな、と思った時点でなんだかSFから抜けきれてませんね(笑)
鳶職の人が使う足場がこの階層構造の一つの表現でもあるんですね。
「間食」というタイトルからも、階層構造というより、(食物)連鎖と言う方がたぶん正しいのでしょう。
物語の主軸はこの連鎖の方で、とても動物的だけどこういう身体に悪いくらい満腹の幸福というのもあるなあと思いました。
この溢れんばかりの幸福の描写や文章が本当に心地いいんですよね。
一方でその構造の外に居るものとしての寺内という人物と饅頭なんだと思います。
どちらかというとこっちの方が視点として面白いなあと感じました。
「夕餉」
小説の中で描かれる料理って妙に美味しく思えることってあるんですが(ないですか)、このお話は読んでてお腹が空きました(笑)みんな美味しそうだ。。。
私は誰かのために料理を作るという発想が無いので、一人暮らしが長いのにちっとも料理が上手くならないのですが、この主人公の美々ちゃんのように、作ることに意味を見いだしたら上手になれそうだなあ、と素直に思いましたね。
それで自分の人生を証明しようとまでは思わないけど、好きな人の身体になるものを拵えるって素敵だなあ。毎日は大変だと思うけど(笑)
「風味絶佳」
これ、映画になってましたね。確かグランマは夏木マリさんだったと思います。
というか、読んでてグランマは彼女しか居ないな、と思いましたね。
年をとってから恋愛するなんてみっともないだろうか、今とは違う感じ方、捉え方をするんじゃないかな、と思います。
それとも同じように気持ちは盛り上がるのかな。
それを知るために年を取るのも悪くないな、と読んでて思いました。
たぶん、顔も見たくない人は増えて行くだろうけど、
キャラメルは甘いだけじゃなく焦げた苦みが無いと美味しくないように、苦い思い出が味わいになれば素敵だな、と思いましたね。
「海の庭」
初恋のやり直しの話だと思ってほのぼのしていたら、やられました。
まだ私の年だと思い出は、話のきっかけくらいしか用途がないのですが(他に知らないだけかな)、中年になるとこういう用途を見出すんだなあ、と妙に感心してしまいました。以前、「家族八景」という筒井康隆さんの小説の中で、スワッピングする夫婦の話があって、中年は夫婦喧嘩まで性欲に転換しちゃうんだよ、っていうのがあったのですが、それに近いように思いましたね。
彼女の作品は意外と具体的な性描写はほとんどなく、これも全然そういう表現はなかったのですが別の次元での色気を感じました。
「アトリエ」
これは空っぽの空間を完璧に整える芸術家と、その作品としての空間である女性の物語のように思いました。
その空間を埋めて行く、たっぷりとした甘くてとろりとしたもの。
それが幸福の描写でもありながら、汚物との対比にもなっているんでしょう。
そしてそれが子どもという形で具体性を持った時、その作品は完成すると同時に崩壊して行く。
芸術というのはすごく繊細なものだなあ、と思いました。一人称の文体に昔の小説にあるような不思議な哀切を感じましたね。
「春眠」
恋愛と家族は対極にある、というのを確か彼女の作品の中で読んだ覚えがあります。
これは家族の恋愛を通して、家族と向かい直すお話なんだと思いました。
決して家族の恋愛を受け入れる話じゃないんですね。対極にあるものを受け入れるのは無理ですから。
章造の揺れ動く気持ちとお母さんへの想いがすごく良かったです。私は女なのでこういう男性の気持ちの揺れ動きに弱いですね。


本当に久しぶりに山田詠美さんの文章を読んだんですが、すごく柔らかい感じがしました。
それでいて、ときどき刺激的なのがいいんですよね。
恋愛経験があまり多いとは言えない私でも、卑屈にならずに、なにか極上のエステでも受けているかのようなうっとりした幸福感を感じさせるので、彼女の作品はすごく好きです。