「操作される脳」

マインド・ウォーズ 操作される脳

マインド・ウォーズ 操作される脳


「いくら情報収集技術が進もうと、人の心を傍受はできない。」
「いつか、できるわ。」
「それにはまず人の気持ちを理解する事が先だ。メイ・リン」
「理解、どうしたらいいの?」
「誰かを好きになることだ。」
メタルギアソリッド



と、スネークさんはかっこつけてますが、メイ・リンの言う「いつか」がとうとうやって来たようです。引用のメタルギアソリッドでもおなじみの米国防総省国防高等研究計画局(長い)、通称DARPA(ダーパ)が研究しているマインド・リーディング。機械的、あるいは化学的な手段で人の心を読み解こうという試みです。
どういう研究が成果をあげているのかいないのかは本書を参照して頂くとして、読んでてやっぱりちょっと現実感が持てなかったですね。だって現実には心を透視するよりも、物理的な透視の方が先ですもんね。ちょうどイギリスのヒースロー空港で全身スキャナーを導入するってニュースがあったし。帯に書かれている「これは、SFではない」という言葉とは裏腹に、どこかSFの解説書を読んでいるような、そんな面白さは否めませんでした。
でも、これただの最新研究の報告書ではないんですね。そういう最新情報を絡めつつ、人体実験の倫理に対する言及からデュアルユース(軍民利用)にまできちんと理論を展開している、そういう一つのエッセイとしても面白く読めました。特に面白いなと思ったのは、いわゆる「無敵兵士」を生み出そうという試みの紹介。眠らない兵士は、X−ファイルにそういうエピソードがあって、これが元ネタかな。恐怖が感じにくいとか感情が抑制されるのは、MGS4のSOPシステムなんかがありますね。この中でも、辛い記憶を和らげるという部分に興味を引かれました。戦場で悲惨な体験をした兵士が社会に復帰した後も後遺症(トラウマ)に悩まされるということは、映画なんかでも取り上げられてるし、深刻な問題だということはなんとなくですが知ってました。でももしこれが可能だとしたら、幸せな記憶だけで生きるのはどうなんだろう。どうしても「なんかそれは違う」っていう感じがするんですよね。以前読んだ、グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」という小説の中で、人為的に操作される「感情」と感じたそのままの「感情」との間には違いが存在しないという不確かさに通じるものがあるように感じました。本文中にもこのような引用があります。

結局、幸福な記憶しかもたないということと、真に人間的に幸福になることとは同じではないのである。
(操作される脳 米国大統領生命倫理諮問委員会報告書「治療を越えて バイオテクノロジーと幸福の追求」)

ということは、「しあわせの理由」は幸福を感じることと、その人が幸福であることとは違うという風にも読めるってことなのかも。ここで悩ましいのは、真にこれを必要とする人もいるっていうことなんですよね。それが、デュアルユースという問題につながって行きます。
デュアルユース、すなわち科学技術は軍事利用と民間利用の二つの側面があるという言及ですね。マインド・リーディングは緊急時の捕虜の尋問に使えるかもしれないし(ビルに仕掛けられた爆弾を早く見つけなきゃいけない!とかブルース・ウィリス主演映画か)、攻殻機動隊の世界のように高性能の義肢として普通の人にも使えるかもしれない。良い事だけに使うなら素晴らしいけど、元祖悲劇の科学者とも言うべきアインシュタインの時代から、悪い事に使われる事は避けられない。でも本書はこういう悲劇を生み出さない為に、デュアルユースを止めるのではなく、積極的にDARPAのような機関とコネクションを築くべきだと主張します。ここは素直にすごくいい考え方だなあと思いましたね。著者自身も科学者なので科学の発展がもたらす効果を殺すのではなく、それをきちんと監視できる体制の方こそ整えるべきという、科学者らしいアイデアがとても興味深かったです。でもまあ、DARPAには(地球を壊さない程度の)ぶっ飛んだ研究をして欲しいですけどね(笑)