「あなたの人生の物語」

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)



去年末に読んだSFマガジン創刊50周年記念特大号海外SF編に掲載されていた、「息吹」も含めました。


「バビロンの塔」
バビロニアSFというものがあるんですね…。全然知らなかった。タイトルの「バビロンの塔」で思い出したのは、自らの高い技術力に溺れて、天にも届く塔を造ろうとした人類が、神の怒りに触れて罰を受けるというものでした。そう言う感じかなあと勝手に思って読んでみたら、そういう訓戒めいたものがまったくなくて、本当にそこにあったかもしれない「技術」に対する描写や人々の生活が活き活きとしていて面白かったです。最終的に主人公が理解するこの世界の仕掛けも、何かしらの意志を感じさせる(それを神と呼ぶ人もあるでしょうけど)ものに留めていて、SFとして読みやすい作品でした。


「理解」
彼は知っているんだろうか。日本には、『少年ジャンプ』という漫画雑誌があって、超人的なバトルを描いた漫画が多く掲載され、それそのものが一つのジャンルとして存在している事を。
「これ、ジャンプじゃん!」って読みながら思わず言ってしまいました。いやーもう後半の超知力戦の応酬はデスノートを越えたね(笑)超能力みたいに物理的に何かが飛び交ってるわけじゃないんだけど、「いかに相手の上を行くか」のしのぎ合いが見事な漫画、じゃなかった小説でした。漫画では表現できないだろうなっていう文章表現が素晴らしかったです。


「ゼロで割る」
数学苦手だけど、数字をゼロで割ったら無限になるってことくらいは知ってました。いや、知ってたからってなんの助けにもならないほど、おいおいどこまで行くんだってくらい物語が展開して、なんだかよくわからないうちにすごい風景を見せられたような、そんなお話でした。
この短編集の中だけなのかもしれないけど、「世界中に行き渡っている見えない何か」が一つのテーマなのかなあと思いましたね。このお話では、数がそれで、その見えない何かを模索し尽くしてしまった徒労感が、ドラマ部分である夫婦の間に漂っている陰鬱なムードと同調しているように感じました。


あなたの人生の物語
多分、人生を計るものが欲しいんですよ。大したものじゃないけれど、俯瞰してみたり仰ぎ見てみたり、いろいろ見方を変えて見てみたい。これまで人生は一つの連続した物語でした。でも今は、こんな見方があったかとすごく目から鱗なんだけど、扱いが難しすぎて、まだこれを使ってわたしの人生の物語を見通す事ができません。


「七十二文字」
現実の科学を何かに例えることは、きっと誰にでもできると思う。でも上手に例えられる人は、そんなにいない。さらにその上で本質をきちんと語り、かつ例え話の面白さを盛り込める人は多分ここにしかいない。短編なのに、しっかりアクションを盛り込むセンスがとても良かったです。長編ならこの時代のロマンスとか、他のガジェットとか読んでみたかったですね。なんだか久しぶりにゴーレムって言葉を目にして、なんだかゴーレムもの(というのがあるのか知らないけど)をもっと読みたくなってしまいました。


「人類科学の進化」
うわあ、分かりません。架空の超人類の恩恵を受ける、人類のあるべき態度をコラム風にしたもの。でしょうかね。なんとなく「仕事がすごくデキる年下が仕事をいろいろ助けてくれるけど、それに対して年上の自分はどう接するべき?」みたいなことなのか。いやなんか違う…。


「地獄とは神の不在なり」
どういう作品が一番優れているかということはよく分からないけど、いろいろな解釈ができる幅を持った作品は総じて素晴らしいと思っています。だからこの作品も、神(明示的な言及はないけどキリスト教と考えていいのかな)と人との関わり方を示したものと見る事が出来るし、一人の男が人生の何かしらの解答を得るまでのお話、とも見る事ができると思うのです。私は「愛」についてのお話ではないかと思いました。個人へ向けられる小さな愛と、神へと向けられる巨大な愛が同時に存在することの困難さに、ロマンチックなものを感じましたね。やっぱり地獄を日本神話の黄泉の方でイメージしてしまうからなんでしょうか。死者を取り戻すというお話をどこか意識していたと思います。


「顔の美醜についてードキュメンタリー」
頭良いな、この人。人間の顔が美しいか醜いかを感じることを人為的にコントロール出来たらどうする?という問いかけを、物語ではなくて(フィクションだけど)ドキュメンタリー形式にすることで、明確なオチを回避するやりかた。物語だと、どっちか側しか描けない(そうしなくても別に良いけどオチが弱くなって、「で?」ってなる)から、こういう手法にしたんじゃないかと思います。面白いなあ。
顔の美醜を人が認識するによって発生する(してきた)様々な差別や問題、本来自然に任せていたものを突然コントロールできることになったことへの不安と好奇心が、いかにもありそうな感じで描かれていて面白かったです。大学生の「タメラ・ライアンズ」(カリーで育った娘)が一番感覚が近かったですね(笑)やっぱり私も身近な人に合わせて設定したりしなかったりするだろうなあ。


「息吹」
命を形作る遺伝子の模様、あるいは絵画や音楽などに現れる作家の個性の一形式、文体や言葉選びに見える個人の影。そういうパターンで織りなされる、さらに大きなパターンを文化というのかもしれません。二度と同じかたちになることのない、かけがえのないもの。そういうものを生み出せることができるのは、本当にすごいことなんだと思います。そしてそれを永続化できることに、ある種の救いを感じました。「再生」という日本語の持つ二つの意味がちょうど重なったような、そんな感じです。

あなたの思考をかたちづくるパターンは、わたしの言葉を読むという行為を通して、かつてわたしをかたちづくっていたパターンを模倣することになる。そしてわたしは、そのようにして、あなたを通じて生き返ることになる。(テッド・チャン 訳:大森 望「息吹」)



SFに固執するのではなく、それを土台にして人間をとても丁寧に描いているのが印象的でした。それもベタベタなドラマではなく、さりげない会話のやり取りや、すっきりとした質素な文章表現で進めて行くクールな感じがまた読んでてとても気持ちよかったです。