「生きる技術は名作に学べ」

生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)

生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)



物語ではなくて、書評の感想を書くのって難しいなあと思っていたら、こんなに経ってしまいました。


小説に限らず、漫画や映画でも難しいなと思うのは、表層の物語から何を引き出すかということです。物語そのものを理解するのは(作者のサービス精神にも寄るけど)それほど難しいことではないんですよね。「誰と誰が、どこで何をしてどうなった」というのが把握出来ていればいいんじゃなかなと思います。難しいのはその物語を通じて、作者は何を語りたいのかを理解すること、そしてそれをどうやって引き出してくるかということなのです。
物語はただの「物事の流れ」ではありません。優れた物語ほど奥行きや深さがあってどの層を見るかによってまるで違ったりします。美しく透明な表層の下に、真っ黒に汚れた下層が潜んでいたりするのはよくあることです。そしてその層や見る角度を変えることによって立ち表れてくる物語の新たな顔にこそ、鑑賞する楽しみがあります。
物語に作者の性格が現れるように、鑑賞の着眼点にもその人の個性が表れてくると思います。他の人の感想や批評を読む楽しみは、その人の視点をちょっと借りて物語世界の別の顔を見せてもらうということだと思います。


まず面白いのは、男性ならではの解釈が読める、「車輪の下で」と「老人と海」「初恋」。特に「老人と海」は読んだことがあるけど、「おじいさんがマグロを釣ったらサメにたべられちゃった」という情けない感想しか持てなかった作品でした。どんな物語においても男性の行動の解釈というのは難しくて、映画なんか観てても「なぜそこでそうする!?」と思うことがままあるわけで、不利な状況でわざわざ負け戦をしかけたり、異常に同性に執着するキャラクターが登場したり(私が好む物語にはよく登場するのですが)常々不思議に思っていたんですが、その一部が納得できたような気がします。特に父と息子の物語はよく見かけるテーマなので、その部分が男性の視点で丁寧に解釈されているのはとても参考になりました。


物語というものは都合よく終わることを敢えて回避する理不尽なものも数多くあります。そういう理不尽な物語の解釈として「異邦人」「月と六ペンス」「1984年」。読み継がれる物語には力があるけれど、記述の時代感覚に惑わされたりして上手く意図を拾えないことがあります。そういう時代感覚の誤差が著者の「普通の感覚」でうまくフォローされていて、物語全体の見通しがとてもすっきりとしていたのが良かったです。特に理不尽なものだと、その理不尽さは当時もそうだったのか、そうではないのかうまく判断がつかないことってあると思うんですよね。そういう部分を無理なく現代の感覚に当てはめてみせる部分が素晴らしいなと思いました。


男女問わず、人間の根本に訴えかけるものを拾い上げたものとしては、「ハックルベリイ・フィンの冒険」「赤と黒」ではないかと思います。若さや未熟さから来るままならないもどかしさや、ちょっと背伸びしたい気持ちを著者自身の経験をさり気なく織り交ぜながら読み解いて行く部分などはすごく共感出来ましたね。そう言えば私にも人生に一度しかない4月がありました。


テキストそのものの美しさや読むという行為の楽しさを挙げている「アンネの日記」「魔の山」。最近でこそ少しは本を読むようになりましたが、元々あまり読まない人間なので読むとだいたいなんでも「すごい」になってしまうんですよね。文章そのものの滋味を味わうには、それなりの読書量をこなさないと真に味わうことはできないのかもしれません。それでもこうやって他人の目を借りてその楽しさをちょっと味わえるのも悪くないなあと思います。


いわゆる書評というよりも、気軽な解説という感じで楽しく読みました。ところどころにネタを仕込むセンスも面白くて、特に「浜辺にござをひいて焼きそばを食べているお父さんを〜」のくだりは素晴らしいギャグのセンスを感じました。こんなシュールなシチュエーション、韓国映画みたいだ。あと「ことほどさように」という語句が出て来る度になんだか笑ってしまいました。きっとお気に入りなんだろうな。
是非次の著書は、「生きる技術は名作に学べー映画編」でお願いします。