メタルギアソリッド2 サンズ オブ リバティ

メタルギア ソリッド2   サンズ オブ リバティ   (角川文庫)

メタルギア ソリッド2   サンズ オブ リバティ   (角川文庫)

!!! 以下ネタバレを含みます。!!!







ちょうど10年前の2001年に発売されたゲーム「MetalGearSolid2 Sons Of Liberty」のノベライズ日本語翻訳版です。英語版ノベライズは前回と同じく、レイモンド・ベンソンさん。スパイ映画の「007」シリーズの小説などを手がける作家さんです。

偽装したタンカーで新型のメタルギアが輸送されるという情報を得たスネークは、単独潜入し決定的な証拠を掴むも、シャドー・モセス事件以来行方不明となっていたリボルバー・オセロットと遭遇する。二年後、特殊部隊フォックスハウンド隊員、雷電はテロリストによって占拠された海洋汚染除去施設、通称「ビッグ・シェル」に潜入し、大佐や自称シールズ10のイロコィ・プリスキンなどの助力を得て真相に近づいていくが、そこには想像を絶する「真実」が待ち受けていた。

この物語をいろいろと考える時、切り離せない事件が一つあります。2001年9月11日に世界貿易センタービルに飛行機が激突し同時多発テロがおこった時、このゲームは発売直前でした。ゲームの一部に世界貿易センタービルが取り入れられていたこと、ストーリーの中でテロを扱っていることなどから、一時は発売されるかどうかすら怪しい状態でした。今でも正式にリリースされた本編では、不自然にカットされた後のデモシーンを観ることができます。ゲームだけでなくこの事件が世界に与えた衝撃は途方もなく、短期間には経済や運輸、物流に大きなダメージを与え、それが徐々に収まると今度は人々の精神にゆっくりと浸透して行きました。2001年以降に作られた、映画、小説、アニメーション、音楽、さまざまな創作物はこの衝撃を免れることはできなかったように思います。この10年は、フィクションが現実に飛び込んでくる予感に支えられた10年だったのではないでしょうか。その予感を感じさせる何か、空気のような雰囲気のような実体のないおぼろげなもの。10年を経た今改めて物語をなぞると、まるでフィクションと現実が鏡に向き合い、その実体のないものがこの物語の「愛国者達」に相対しているような気がしました。

物語の中でこの「愛国者達」がしようとしていることの一部は実現されているように思います。この正体不明の敵なのか味方なのかも分からない集団がこの物語で成そうとしているのは、大規模な情報編集です。ニュースやテレビ、新聞はもちろんのこと、ネット上の情報まで細かく「最適に」編集する。その理由は彼らなりに人類を膨大な情報の堆積から救い出すためである、としています。彼らの存在や目的はフィクションとしても、この編集された情報によって恩恵を受けている、という部分はある程度実現されているんじゃないかと思うんですね。そう、Googleというサービスによって人々は膨大な情報から最適化された情報だけを取り出す事ができるようになりました。ネットのどこをみてもこのGoogleのランクの上位に位置しようと様々な情報が飛び交っています。では逆に、Googleに捕捉されない方法ってあるんでしょうか。会員制のSNSなどのようにドメインごと検索から外しているものや、プライベートな設定をしているものは別として、普通にこのブログのように誰でも参照可能なページを、Googleの索引に乗せない方法。よく探せばあるのかもしれません。しかし何も設定をしない状態であれば、毎日何かしらのボットだかクローラーだかがやってきて情報を引っこ抜いて帰って行きます。これを嫌がる人はどれほどいるでしょうか。もし愛国者達が実在するとしたら、このGoogleの利便性と同じように快く受け入れているのではないかという気がします。

また、愛国者達は「真実の氾濫が人類を窒息させる」という言葉を雷電に投げかけています。多文化主義的な「あなたと私は違うということをお互いに認める」というのはとても美しいことのようですが、実際は個々の事情に立ち入らないで放っておく、見捨てておくということに等しいのではないでしょうか。それぞれが大事にしている「真実」が溢れ帰って人類は窒息する。愛国者達はそう結論付けました。でも、10年経った今、別のものが人類を窒息させるのではないかと思うんですね。それはネットワークそのものなんじゃないかと思います。例えば最近東ヨーロッパや北アフリカを中心に起きている暴動にはFacebookの功績が大きいなんて言われています。恐らく実際はそれほどデジタルネットワークの力は関与していないと思いますが、伝聞や携帯や新聞など雑多な伝達があるから、あれほど地理的に集中して起っているのではないかと思うんですね。(そもそも暴動の火種が集中しているという背景も当然ありますが)日本にいると感じにくいけれど、たぶん世界ではそれほどデジタルネットワークは網羅されていない。それでも様々な手段で世界はどんどんつながり始めているような気がします。やがてはネットが星を覆いつくしてしまうかもしれません。そうなった時、地球上のすべての人の手に何かしらの情報端末があり、適切な情報が瞬時に手に入る世界となった時、人は本当に幸せなのだろうか。何事も判断に必要なことがらが明確に入手できるのはいいことだとは思うけれど、ネガティブに考えればそれはとても息苦しいことなんじゃないかと思うんですね。真実の氾濫ではなく、ネットワークが人類を窒息させる。恐らく私がそう考えるに至ったのは、伊藤計劃さんの「ハーモニー」という作品を読んだせいじゃないかなと思います。

ノベライズというのはやっぱりこういう、ゲームのシーンを思い返すためのものなんだと思います。というのも、伊藤計劃さんのMGS4ノベライズと比較する方のはなんか違うなあと思うんですよ。むしろMGS4はノベライズ(小説化)ではなく、ノベルバージョン(小説版)とでも呼称した方が良いんじゃないでしょうかね。
さて、小説の方は雷電の描き方がとても新米らしい驚きと新鮮さに溢れていてすごく良かったです。期待していたローズとのラブラブなやりとりも素敵でした。ゲームは日本語の方がベースとなっているので、こういういかにも翻訳!という雰囲気だと、ちょっと変わった感じがしていいですね。全体的にゲームのスクリプトを転写したようなところがあるのですが、ノベライズとはいえレイモンド・ベンソンさんの作品でもあるので彼の作家性が見える文章をもう少し読んでみたかったと思います。
あと、雷電は若い頃のデヴィット・ボウイに似てる、という件はなるほど、と思いましたね。それはあるかも。ちなみにスネークさんの容姿への言及は何もなかったのですが若い頃のハリソン・フォードに似てるように思うんですよねー。思わないですかねー。蛇足ですがMGS4の老スネークは、断然クリント・イーストウッド御大しかあり得ないですね。うん。