天冥の標4 機械じかけの子息たち

天冥の標?: 機械じかけの子息たち (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標?: 機械じかけの子息たち (ハヤカワ文庫JA)

記憶を失った少年はどことも分からない場所で目覚めた。自分自身が何者なのか、窓に映る姿にすら見覚えがない。そんな目の前に一糸まとわぬ少女が現れる。性愛の奉仕をもって人に喜ばれるために。

「天冥の標」シリーズ4巻です。これまでアニメ(1巻)、ドラマ(2巻)、劇場版アニメ(3巻)、と来てさて次は。エロゲでした。
読む前まで、さぞかしものすごいえろが待ち構えてるんじゃないかとわくわく、いやどきどきしていたのですが、思ったのとは違って(何を思っていたんだ自分)えろさはやや控えめにしっかりとSFしててびっくりしました。小川一水さんの作品をいくつか読んでいますが、えろのコントロールがすごく上手いと思うんですよ。前作、「アウレーリア一統」にもちょっとエロシーンがあったけど、たかだが数行なのになんかすごくえろくて印象的でした。でも今作はその濃厚なえろさとはちょっと違って、濃厚は濃厚なんですが少し冷淡な視点で描かれていて、わりと落ち着いて読めました。
で、エロゲです。エロゲってちゃんとやったことないけど、この小説の中盤までの展開は「リセットする」というゲーム的なリアリズムが取り込まれていて面白かったですね。主人公キリアンはアウローラという少女と出会い恋に落ちセックスします。でもキリアンがそのセックスに対して完全に満足しなければ「やり直し」。なぜかキリアンは記憶を失い、またアウローラという少女と「初めて」出会い、以下繰り返し。ゲームの攻略に失敗して「あーあ」って言いながらリセットボタンをぽちっと押すあの感じが組み込まれているんですね。で、それが単に「ゲームっぽい感じ」だけで終わっていなくて、なぜキリアンは繰り返しアウローラとセックスしなければならないか、という謎に巧妙にリンクしているんですよね。で、この謎の部分ももちろん興味をそそられるところなのですが、面白いのがキリアンの記憶は毎回初期化されているけど、経験値は肉体の方に蓄積されていくところ。これ、すごくいやらしい見方をすると「心は清いままテクニックは絶妙」を目指しているみたいに思えます。もうちょっとSF的な見方をすると技術だけを高い純度で抽出しているんじゃないかと思うんですね。
一方、セックスというか、性的なファンタジーをテクノロジーで実現してみた的な仮想実験でもあると思いました。なんていうか、ディ○ニーの夢の世界を性の世界に置き換えたような。(文中に奉仕側をキャスト、客をゲストと言うところから多少はそういうアイデアがあるのかなと思ったり)あっちはふわふわしたファンタジーですが、こっちはぎんぎんのファンタジーなわけで(笑)設定がすごく現実的なのが面白かったです。こんなに普通の、どこにでも居るありふれた容貌のヒロインはなかなか居ないんじゃないかな。この小説はライトノベルのような挿絵はないけど、あったら全然映えないだろうなというくらい。主人公もまったくカッコ良くないのですが、ファンタジーの中のようにセックスをするカップルが美男美女であることは現実には少ない、むしろ普通の容貌の人たちがする多種多様なセックスに対してテクノロジーはどうやって応えるのかを描いているのが面白かったですね。映画「A.I」の中で性的なトラウマを抱えた女性が男性型アンドロイドとセックスするシーンを思い出しました。あーもしこういう自分の性的な夢を実現できるなら、男になってみたいわ。だってねえ、あれがああなる時ってどんな感じなのかなって女性なら一度は考えるんじゃないですかね(笑)
そしてこの仮想実験が導くものは、コミュニケーションなのではないかと思います。子どもを作るという目的以外のセックスは、深い部分での触れ合いであり、言語以外の対話でもあるはず。そしてそれをすればするほどお互いのことを知っていくのがセックスというコミュニケーションだと思うのですが、実は何も知らない方が触ってはいけない部分にさえも触れるんじゃないか、知らないで傷つける可能性もあるけど知ってしまったら見落としてしまうところに届く可能性もあるんじゃないか、それをこの物語では最高の性的なファンタジーとして描いているように思いました。