ミッション 8ミニッツ

軍用ヘリコプターのパイロット、スティーブンスはふと目覚めると見知らぬ女性と向かい合いながらシカゴに向かう列車に乗っていた。直前まで任務でアフガニスタンに居たはずのスティーブンスは混乱し、自分自身の事柄を確かめようとする。

ネタバレがあります。








列車爆破テロの犯人を見つけ出すため、死者の最後の8分間の記憶を追体験する「ソースコード」プログラム。ただし死者の意識はすでに失われているので、その追体験は生きている人間の脳内で再生する必要がある。その被験者として選ばれたのがスティーブンスです。この記憶という主観的なものをデータという形で扱えるようにするアイデアはすごくサイバーパンクだなあと思いましたが、でも残念ながらお話はサイバーパンクの方には行きませんでした。この再生された記憶はDVDやBDのように完全に同じものを再生するわけではなく、データを解釈するハード(脳)が違うから当然微妙な差異が産まれるんですね。死者が経験した記憶ではない、実際はそうじゃなかったけどそうだったかもしれない記憶。この物語は量子論多世界解釈、いわゆる平行世界ものです。
この平行世界の制限は8分しかありません。8分経つと列車の爆発に巻き込まれなくてもスティーブンス(が再生している記憶の持ち主のショーン)は死にます。何度も体験する死、そして微妙に異なりながらほとんど同じ状況が繰り返される。これ、ゲームと一緒なんですよね。ゲームは完全に同じ状況からリスタートするけど、プレイヤーの方には経験が蓄積されているから前回より卒なく物事をこなせるわけです。スティーブンスもそれにならって一度目は混乱して何も出来なかったのが、二回目、三回目と続くとどんどん要領が良くなって行く。この繰り返しの描写がくどくどしていなくて、略し方が上手いなあと思いました。観客の理解度(というかゲーマーの修得度)を良くわかってる。まあちょっと要領良過ぎな気もしましたが(笑)

平行世界もののテーマって可能性の広がりだと思うんですよね。あの時こうしていたら、あんなことしなきゃ良かった。漠然と広がる未選択状態への希望だと思うんですよ。そしてそれを実際にやってみたらどうなるんだろうという足掻きでもある。あの時これさえしておけばこうなったんじゃないかという諦めきれない気持ち。未選択状態への未練は平行世界もののおいしいところでもあります。この映画はその足掻きをきちんと描きながら、でも、選択しないことではなく選択した状態に対して希望があるんですよね。スティーブンスは繰り返しの「死」(それは彼の死ではなく記憶の主体のショーンのもの)の中で、自分の本当の死を望むようになります。これって人間にとっては究極の選択ですよね。そしてこの映画はその選択に対して贈り物を用意しているんですね。限りある時間の中で乗客たちをはじめとして世界を救い、父親と和解し、そして恋人と絆を深め合うということまでやってのけたスティーブンスは、現実世界での死と別世界での生を得ます。これちょっと珍しいなと思って、平行世界ものって、唯一の「正解」の物語だけが救われて、残りの「失敗」の物語は大抵悲惨だったりすのが切なくてすきなんですが、この作品はいくつかの世界に渡って救いを与えていると思うんです。現実の死は、確かに「失敗」の物語かもしれないけど、彼は自分が望んだ選択をした。死を選択するというのは大抵の場合良い選択ではないけれど、望んだ選択をしてそれが成就するという点だけ見れば、それは救いじゃないかなと思います。
この監督は、前作「月に囚われた男」でも毎日がきっちりと同じループから脱出する物語でしたが、なんていうか結末にすごく希望を感じるんですよね。今作でも、8分間という短い時間の中でこんなにも人生を変えることができるんだよって言っているような気がしてすごく面白かったです。

ちなみにこれと似たようなネタで漫画「秘密」というのがあったんですがこれ、途中までしか読んでないわ。殺人事件の被害者の記憶を外部に取り出すやつだったかな確か。ちょっと思い出したら読みたくなってきました。