人生はビギナーズ

38歳のオリヴァーは、年老いた父ハルからゲイであることを知らされる。末期の癌を患うハルは、残り少ない人生を精一杯楽しもうと恋人をつくり、ゲイ仲間たちと積極的に交流するが、彼らに惜しまれながらも他界する。そんな父を見送ったオリヴァーは少し変わった女性のアナと知り合う。しかしオリヴァーは父のように親密な人間関係に踏み込むことができないでいた。

よく考えたら、生まれて初めてこの年齢になるんですよね。初めて10歳に、20歳に、30歳になる。そして生まれて初めて死ぬ。でもいい加減30年以上生きていると毎年だいたい同じことの繰り返しなので「わあー私初めてこの年になったわ!」という感動もへったくれもありません。それでも未だに幼い頃に感じていた世界との距離感のような、どこから入ればいいのかよく分からない戸惑いのようなものを感じることがあります。なんだろう、世界に置いけぼりにされてるような、人々のにぎわいをずっと離れた所から見ているようなそういう感じ。この映画の登場人物たちにもこの世界との距離感のようなものがあるんじゃないかと思うんですよね。ゲイであることを隠し続けて来た父、ユダヤ人の血を引くことに歴史的なトラウマを背負いつつも自分らしく生きた母、そして回りの人の気持ちを先回りして読んでしまうオリヴァーと、いつまでも居るべき場所が見つからないアナ。それぞれの時代の世界に馴染めない人たち。その所在なさげな、ぼんやりとした寂しさがこの映画の全編を覆っているように思うんですよね。
そんな中でハルだけがその世界に対して距離を詰めようと努力します。もう老い先短かろうがおかまいなしに。それはずっと距離を置いて来た息子オリヴァーにしてやれる父親らしいことであると同時に、同性愛者である自分自身に対する距離のない関わり方でもある。結局「世界」というのは自分自身が作り出しているものでもあるから、その自分自身が本物(リアル)だと感じる時にその距離はゼロになると思うんですよね。初心者のようにすべてをゼロから始めてみる。自分と世界の距離をゼロにするのは、何歳になったってできる。私にとってはそういう映画でした。

今年度の米アカデミー賞助演男優賞を受賞したハルことクリストファー・プラマーさんがやっぱりすごく素敵でした。75歳でゲイの恋人と楽しくいちゃいちゃしたり、それだけでなく恋愛中の孤独感も年相応にきちんと表現していて、真剣な表情の中に時々少年のように悪戯っぽく輝く目がよかったですね。