おとなのけんか

製薬会社の弁護士アランと投資ブローカーのナンシーは、息子が起こした子どもどうしの喧嘩を話し合うために、金物屋を営むマイケルと主婦で人権活動家のネペロペの住まいを訪れる。子どもが怪我を負わされたにも関わらず、マイケルとネペロペは、アラン&ナンシー夫妻を快く受け入れ、話し合いは円満に終わるはずだったがー。


常に携帯を握りしめ、どこでも構わず仕事の連絡を取り続けて家庭を顧みない仕事人間アランに、クリストフ・ワルツ。おおお「イングロリアス・バスターズ」でお茶目で残酷非道な大佐を演じた人ですね。その妻でバリバリのキャリアウーマンで酒癖の悪いナンシーには、ケイト・ウィンスレット。ご存知「タイタニック」のローズ役で出演していました。家庭内のことも地球レベルの危機も、とにかくどうにかしなきゃ!と、どっかで目の前のことを置き忘れている主婦ネペロペに、ジョディ・フォスター。「羊たちの沈黙」を始めとして数々のわりと真面目な役が似合う女優さんです。

ストーリーらしいものはほとんどなくて、一つの舞台で役者さん達の演技で展開していくタイプの映画でした。ずっとマイケルとネペロペの家のリビングに居るんですね。で、この役者陣がすごいんですよ。特にケイト・ウィンスレットジョディ・フォスターの女優二人は、なんていうか彼女たちのキャリアをかなぐり捨てるような勢いがあって良かったです。ジョディ・フォスターの、顎を突き出して歯をむき出しにして怒り狂う顔なんて、この人そういう演技もできるんだと驚きました。同じくケイト・ウィンスレットも女性なら絶対人前で見せたくないみっともない姿や、情けないところを全開で出して来ててすごかったですね。


子どもと違って大人どうしのけんかは、そのけんかの原因以外の、大人にまとわりついている物事が複雑に絡み合っているんですよね。それを一つの部屋に集まった4人の関係性にぎゅーっと圧縮しているように思いました。ちょっとそれを解凍してみましょう。


わかりやすい関係の一つは、経済格差でしょうかね。アランとナンシー夫妻は、二人とも高給の仕事についているけれど、マイケルとネペロペはまあ中流くらいでしょう。このわかりやすい中流の嫉妬や、上流の傲慢が、アランとマイケルの間に交わされる会話の中にほのかに見えているんですよね。アランがマイケルに金物屋の商売について社交辞令的に訊ねるのに対して、マイケルはなんだか必死に弁護士なんかよりもいい仕事だと主張します。一方で、主婦のネペロペもナンシーに対して並々ならない嫉妬を抱えてるんですよね。端的にそれは、ネペロペがナンシーの高級バッグをばーんと放り投げるところに現れていると思います。その後のネペロペはすごくすっきりしたー!という感じで大笑いするんですよね。おおお怖い(笑)

もう一つの関係は、男女、夫婦の間の溝です。一見仲が良さそうに見えるマイケルとネペロペの夫婦は、実は世界の人権問題を家庭に持ち込むネペロペのことをマイケルはものすごく嫌っている。だってうちと関係ないじゃん。そしてそんな低俗な観念から抜け出すことなく、ぬくぬくと日々の暮らしを怠惰にすごす夫をネペロペは見下してる。だって世界には今も飢えている子どもたちがいるのよ!って。結婚する時にはお互いに、この人とならやっていける、と思ってすると思うんですよね。確かになんとかやっていけてる。でもその折り合いをつけている以外の部分ってどうしても出てくるし、それが長年蓄積されていくと、面倒くさい、なんなのこの人ってなってくるものなんじゃないかな。
一方で、アランとナンシー夫妻は分かりやすく、アランが家庭を顧みない、がちがちの仕事人間で、ナンシーはもうとっくの昔に諦めてるようなところがあると思うんですね。これはマイケルとネペロペの逆で、この夫婦には蓄積されているものがないんじゃないかと思います。お互いに、自分のほんのわずかな部分しか提供しないのに、お前もっと家のことやれよ、あんたももう少し省みたらどう?って感じだと思います。結婚って大変ねー。

もう一つおもしろい関係は、アランとネペロペ、マイケルとナンシーという組み合わせがなんとなく成立しているんですよね。二組の夫婦のクロスオーバーがあるんです。これが何を表してるかというと、アランは弁護士なのでやっぱり口がとても上手い。毎日訴訟という喧嘩をしているようなものですからね。怒りに我を忘れるということがなくて、冷静に考えてる。ネペロペはそういう冷静さはないけど、やっぱり怒り方が高尚で、自分のアイデンティティをそこに委ねてしまっていることにも気づかないくらい盲目なんだけど、一応理論的に怒れる人なんですよね。一方で、愚かな大衆の代表格のようなマイケルはそういう怒り方をしない。問題が起るとなんでもかんでも「はいはい俺が悪いんですー」みたいな感じで流そうとする。実は私はこのタイプに一番共感して、本当にネペロペみたいな無茶苦茶なんだけど自分の理屈をまくしたててくる怒り方の人は本当に苦手ですね。ナンシーも一見冷静そうに見えるけど、お酒の力を借りないと本音を言い出さないあたり、マイケルと同レベルかなという気がしました。

他にも人によってはいろいろな見方ができる映画じゃないかなと思います。エンディングがまた皮肉が効いていて面白かったですね。