Boy's Surface

Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)

Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)

内容につられて感想もだいぶわかりにくいことをご了承ください。

恋愛もの、だと思う。たぶん。自信がないよ。だってたまに読む恋愛ものは等身大の主人公とかちゃんとフィクションに導入する手がかりがあるけど、この小説にあるのはいくつかの理論と数式だけ。だから読む方の「私」を式に代入してみたんだけど。読めてるのかなあ。

考えてみれば不思議なんだけど縦や横や曲がってるのやとんがってる線が重なってるものをなんで文字として「読める」のか。ある書評で知ったんだけど中島敦(あの有名な山月記の人)の「文字禍」ってこれと同じ言及してると思う。面白いよね。本と私の間に透明の球があってそれを覗き込むと「文字が読める」。それは面白いけど「そんな球があるんだよ」、とか言うような男とは私はたぶん付き合えない。

イーガンの「ルミナス」、「暗黒整数」が数学的な定義が干渉しあう世界を描いたものなら、こっちは言葉の定義が干渉しあう世界を描いたもの、なのかな。

「私」という変数を持つ式の証明。たぶんその証明の過程は、三近傍セル・オートマトンの振る舞いに近のかもしれないけど、前に興味を持って複雑系の本とか読んだっきりでそれがどんなものなのかもう忘れちゃった。でも式はそうあるべきものとしてそこにあるだけで、誰かに声高に証明するべきものでもないってのはすごく良くわかる。自分にだけ証明できればそれでいいの。恋愛小説は私の頭の中にだけ書かれればそれで。

あ、ガーンズバックだ。ギブスンの「ガーンズバック連続体」は、過去の人が空想した未来図を目撃する話だったんだよね。これは時間が凍った冬道で滑ったがごとく(そういや円城塔さん、北海道の人だったんだよね。あんまりそういう印象ないけど)90度ドリフトしてしまって、本来来るはずだった旧い未来と、本来なかった旧い過去との交差のお話。なのね。たぶん。うん、これがもっと情緒方面にハンドル切ると「秒速5センチメートル」になると思う。ならんか。初恋は実らないものなんだよ。

  • What is the Name of This Rose?

解説だそう。トーラス(ドーナツ型)の説明が的を得ていてすごく「へー」と思いました。…ていうくらいしか書けない。あとはタイトルの「Boy's Surface」ことボーイ曲面への言及だけど、うんよく分かんないな。でも「裏返されて、元へと戻る」という解説はなんとなくとっかかりのような気がしないでもない。恋愛にはそういう、好きな人のことを表も裏側もどんどん知って、なんだかんだ言って、結局元の好き(あるいは嫌い)に戻ってくるってのはあるかも知れないなーと思う。
それにしても参照されるものの範囲がすごく広いのね。数学の分野がメインなのかもしれないけど、文学や映画、歌(型は古いが時化には強いは笑った)いろいろなねたを仕込んでて面白いんだよね。文体もゆるふわで、すごく上手い。なんだろうねたにしてる構造の方が売りなのかもしれないけど、なんだか読んでて楽しいし、リラックスできるんだよね。実際寝る前によく読んでたし。がっつりしっかり内容を咀嚼しながら読むタイプの小説じゃないって割り切れば、女性におすすめの小説だと思うな。