007 スカイフォール

トルコ・イスタンブール。MI6の機密情報が敵の手に渡り007は他のエージェントたちと共に奪還を試みるも、寸前で敵を逃してしまい上司であるMの命令により銃撃を受け瀕死の状態に陥る。組織によって切り捨てられたという事実に傷つき007はそのまま行方をくらました。一方敵の手に渡った機密情報は各地に潜伏する工作員たちの身元情報だった。スパイにとって身元が明るみに出ることは死を意味し、Mの部下たちは次々と逃走を余儀なくされる。そんなMの元にMI6本部の爆破と共に「おまえの罪を思い出せ」とメッセージが届く。逃避先でMI6の襲撃を知った007は復帰を試みる。

スパイ映画といったらこれ。007最新作スカイフォールです。ダニエル・クレイグが007ことジェームズ・ボンド役を務める作品としては3作品目にあたります。1作品目の「カジノ・ロワイヤル」では恐らく007シリーズ初の女性を一途に想うボンドを描き、また上司役のMを女性にしたり、ボンドカーやトンデモスパイグッズを廃してリアルさを強調したスパイを描くなど、これまでとは違う007を造り上げて来たのではないかと思います。確かに私が子どもの頃テレビで観ていた007はセクシーなボンドガールが出て来てちょっとエッチなシーンがあって、顔が怖い敵役が出て来て(なかなかにトラウマ)すごいアクション満載というイメージでした。それがこのダニエル・クレイグ版007になってからは路線がかなり変わったなあという印象でした。

という訳でこの3作目のスカイフォールですが、そういう私が持っていた元祖007のイメージを「時代遅れ」と嘲笑いながら、緩やかにその元祖へと復帰して行く物語だったのではないかと思います。例えば劇中でこの現代においてスパイの存在意義などというものはない、とMを始めとしてMI6そのものが糾弾されます。いつまでもスパイごっこに予算を割くわけにはいきませんよ、と。仮想敵なんて冷戦時代の遺物でしかないのだと冷たく笑われてしまうんですよね。それにQという若手のメカニック担当に「ペンシル型銃なんて冗談でしょう」だなんて言われてしまう。これまでの007が一度は否定されてしまうんですね。で、それに対する答えは、国家間の明確な意図や背景が曖昧なこの時代だからこそ、影のような見えない敵が存在する現代だからこそ、その影に切り込んで行く影のようなスパイという存在が必要なのだ、とMは訴えるんですよね。この構成は「今さらスパイ映画なんて」という現実と、それでもスパイ映画というフィクションを与え続ける側との対比のように思えます。もう冷戦が終わって何年も経ってるのにまだ007ってやってるの?という流れに、リアル路線や新しいロマンスやストーリーを変えながらそれでもまだこのフィクションを終わらせない、こんな時代だからこそスパイ映画が必要なんだ!と訴えているような。そして影はどこから見ても影であるように、スパイ映画というのはいつまでも「今さら」というものを背負って行くものなのかなと思いました。
それでもその「今さら」を50年も続けてこれたのは、このスパイというフィクションが強度を持っているからだと思うんですね。今回一番はっきりと感じたのは、007という物語は細胞のように代謝しているんじゃないか、ということ。常に脱皮し続ける物語として、今作のエンディングはまた新たな物語の始点に立って終わっていると思いました。


!!! ネタバレ !!!






このダニエル・クレイグ版3作ではあまり明確なボンドガールというものは存在しませんでした。何しろボンドは1作、2作でずっと同じ一人の女性を想い続けているので。でも前作で吹っ切れたボンドの次なる対象はというと実はMだったのではないかと思うんですよね。それも肉体的な愛情ではなく精神的なそれの対象として。007は一応女王陛下のエージェントということになっているんですが(今年のロンドンオリンピックのオープニングでエリザベス女王をヘリでエスコートしたシーンもありましたねー)、Mはその代替だったのではないかと思うんですよね。今回の007は女王陛下ではなくMをエスコートして彼女の罪と戦ったのではないかと思います。一度はMに裏切られ捨てられた007はそれでも彼女に襲いかかる過去の亡霊と対峙します。どうしてそうまでしてMを守ろうとするのか。今回の007ははっきり言ってあまりカッコ良くないんですよね。適性試験はボロボロだし、アルコール中毒だしすぐ息切れするし。でもMを守るときの007はすごくカッコいい。ただそれが職務だからという以上のものが、その姿勢に行動に現れていると思うんですよね。そして過去の亡霊に毅然と立ち向かうMの美しさ、強さ。ラストの人気のない廃屋で戦うアクションシーンは胸が打たれました。お互いに上司と部下という線を越えることなく、女の尊厳のために戦う男なんて素敵すぎる!こんなロマンス、この007でしか観られなかった。