SFを楽しみたい人へ(1)


ちょっと前に「SF作家のグレッグ・イーガンの作品を読んでるけどちんぷんかんぷんだ」という記事がはてなブックマークに上がってました。イーガンの作品は数学、量子力学認知科学など難しいものを題材としているわりに、あまり背景となる分野の説明をしないまま物語を描く作品がとても多く、SFを読む人でも背景まで詳しくないという人がほとんどではないでしょうか。でもせっかく「SFを読むぞー!」と思って読み始めたのに難しくて挫折、なんて悲しいですよね。私もイーガンの作品はいくつか読んでますが、挫折はしなくともただ読み通しただけで内容をうまく理解できなかった作品がいくつもあります。
SFは読みたいんだけど途中で諦めてしまったり意味がよくわからなくて面白くないという人向けに、以前このブログで「たのしいSFの読み方」という記事を書きました。が、今読み返したらただの苦行でしかないですねこれは(笑)そこでSFを読んでみたいけど、どれから読んだらいいのか分からないという人向けにもう少し具体的にSFに親しんでもらえるような順でおすすめを紹介したいと思います。




その1:物語がしっかりしているもの
SFが難しいと思われるのはベースにある科学が難解だからという部分があると思います。なので最初は基盤にある科学のことはよく分からなくても物語が分かりやすくて面白い、という作品を紹介します。


  • 天冥の標

作者の小川一水さんの作品は物語が明解で読みやすい作品が多いです。その中でもこれをおすすめするのは現在10巻を予定しているシリーズの途中だから。今年の春に最新刊の6巻が出て物語が佳境に入ってきています。今ならまだ追いつけるw!現在進行形で面白い作品なのでぜひ1巻ごとに度肝を抜かれてください。SF的には、スペースオペラを基本に、病理学、宇宙航空もの、農業、性と様々な分野を網羅しながらそれほど難しいとは感じさせません。それになんと言ってもキャラクターたちがとても魅力的なんですよね。一人の主人公が物語を導くのではなく群像劇の中でも世代を超えてゆるくつながっている人々の物語ですが、ものすごくキャラクターの幅が広いので必ずお気に入りが見つかると思います。私のいちおしはセアキ一族ですね(笑)

  • グラン・ヴァカンス

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

どちらかというとファンタジーっぽい読み口でありながらしっかりとSFしている作品です。SFというジャンルには科学を扱うものだけではなく、思弁(スペキュレイティヴ)という「もしもこうだったらああなってこうなる」という理詰めで思考を深めていくジャンルも含まれます。作者の飛浩隆さんの作品はそういう深めていく思考とその思考の脆弱性を同時に扱う、どちらかというとミステリー的な魅力があります。そして何と言っても文章の美しさ。情景やキャラクターを通して見る心象風景が優雅で、そして同時に残酷な一面を表現する大胆さが感動的です。表現の恐ろしさをよく知っている作家さんだと思いますね。ぜひ耽美で驚きに満ちた世界観を楽しんでみてください。

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

海外作品からもご紹介。もしも石油資源が枯渇した世界だったら、という想定から広げた少年と少女が出会う物語です。もともと青少年向けに書かれた作品らしく込み入った科学的な説明はあまりなく物語に集中できます。ツイッターか何かで見たけど「フロリダのラピュタ」という言葉そのままですね。ボーイミーツガールを楽しみながら、垣間見える背景の風や電気などの代替エネルギーで動く大型機械や、廃品をとことんリサイクルするじり貧な世像がSFらしい想像力に溢れていてとても面白い作品です。この作者バチガルピの作品は特定のサイエンスをベースにするのではなく、架空の状況を執拗に詳しく描く作風だと思います。これを外挿(既知の情報から将来像を思考すること)と言ったりしますが、思弁と同じようにSFではおなじみの手法ですね。



その2:ちょっと難しいけど映像化されているもの
SFは様々な世界を舞台にすることがあるので小説だけではなかなか想像しにくい部分もあります。ここでは作品が映画化や漫画化されている、理解の助けになるサブテキストがある作品を紹介します。

映画化されている作品が2つありますが、最近撮った方で。と、ここまで書いててどちらもちゃんと観てなかったことに気づきました…すいません。いや、確か最近の作品の方はちらっと観て原作に近いなあと思ったんですよね。宇宙の閉鎖空間の中で死んだはずの人間が蘇るという、ちょっとしたホラーのようですが一応宇宙人が絡むのでSFという扱いみたいです。ただ物語中にきちんとした状況の論理的な説明はなくどちらかというと人間心理を考察するような話なので、がっつりSFを期待するとちょっと違うかもしれません。

  • 完璧な涙

完璧な涙 (ハヤカワ文庫JA)

完璧な涙 (ハヤカワ文庫JA)

完璧な涙 1

完璧な涙 1

本来は次の、もう少し難しい分類に入る作品ですが漫画化されているのでここに入れました。感情を持たない少年が不死の少女と共に時空を超えて自らの感情を探し求める物語です。二人は偶然から戦車の外見をした自律した機械、自動報復装置に追われながら、様々な場所や時空を超えて旅をします。人の感情はなぜ生まれるのか、過去と未来、時間とは何なのか、情緒を掻き立てる描写は少ないのですが理詰めで語られる、流れるような思弁がすごくかっこいいです。一方、漫画の方は難解になってしまいそうな思弁がうまくまとまっていてすっきりとしています。絵も原作の乾いた雰囲気をよく取り込んでいて、なんといっても主人公がかっこいいw 無愛想な(感情がないのでこうなる)男の子がエキゾチックな女の子(こちらもすごく素敵)と旅をしている情景を読むだけでも楽しい作品ですね。

マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)

マイノリティ・リポート―ディック作品集 (ハヤカワ文庫SF)

ディック作品は映像化されても原作とかけ離れた全然違う作品になってしまうことが多いので、あまり参考にならないと思います。その中でもこれやトータル・リコールはそれほど違わないかな。が、原作は短編なので映画の方はかなり盛り込んでいます。ただ、プレコグという予知能力者のイメージや犯罪予防局という組織などの設定はだいたい同じだったと思います…ちょっとうろ覚え。




長くなりそうなので今回はここまで。次回からやっとイーガンやテッド・チャンが登場しますよー(予定)



2013/9/12追記:

大事な作品を忘れていました!
漫画&小説どちらも最高に面白い「星を継ぐもの」です。
小説自体はそれほど難しくなくて物語に没頭できるタイプの作品ですが、この小説の読み応えを損なわずに、さらにSF的な想像力や映画のようなカット割りが素晴らしい漫画です。これは副読本というよりも、この物語の世界を絵でも楽しめるお得な組み合わせだと思います。

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの (創元SF文庫)

星を継ぐもの 1 (ビッグコミックススペシャル)

星を継ぐもの 1 (ビッグコミックススペシャル)