スタートレック イントゥ・ダークネス


あらすじ
宇宙航海時代。惑星探査宇宙船エンタープライズ号の船長カークは、噴火によって滅亡の危機に瀕した惑星を救うため「他の文明社会に干渉しない」という規則に反して噴火を鎮圧、惑星の文化と生命を救った。しかし規律に厳しい副船長のスポックはその違反を律儀に本部に報告し、カークはエンタープライズの船長の任を解かれてしまう。失意の中、かつてカークを見いだしたパイク提督は他の艦への搭乗を許可し彼にチャンスを与える。しかし、ロンドンのデータセンターが爆破され多数の死者が出た事件を受けて艦長クラスの会合が持たれたその席で、何者かの襲撃を受けたパイクは命を落としてしまう。恩人であり父のように慕っていた提督の復讐を果たすため、カークは襲撃犯の首謀者、ジョン・ハリソンを追ってクリンゴン星人の支配下にあるクロノスへと向かう。



この夏はSF映画が充実してるなあ。さて、スタートレックです。テレビ放送でやってるのを何回か見てあとは前回のJ.J.エイブラムス作品くらいしか観てませんが楽しめました。SF界隈を聞きかじっていればエンタープライズ号とかクリンゴン星人とか多少は入ってくるくらいの老舗のSFですからね。それにしてもエンタープライズはでかくていいなあ。いやー本当に今夏は「でかいものがうごく」映画が豊作ですよ。発進直前のたたずまいとかワープに入った時の粒子を曵きながら飛び去る姿とか、あとちょっとネタバレるけど一旦雲の中にぼふっと堕ちた後にぐいーーんと再浮上して画面にどーんと出るシーンとかねー。あれはやばかった。思わずガッツポーツでたよ映画館で。そりゃあ攻撃中の敵艦が状況が変わって一斉に攻撃をぱたっと止めたり、エンタープライズ号のあのでかさのわりにさくっと発進したり停止したり、あり得ないくらいの機動性を持ってたりするんだけど(ちょっと笑ってしまった)そこはいいんだよ!だってでかいのがのろのろうごいてたらおもしろくないでしょ!というわけでエンタープライズ号さいこうでした。そういや英語で船とか車(アベンジャーズではエネルギーデバイスとか)の代名詞は「彼女(she)」なんですよね。いやー今回の主演女優は彼女でしたね。ちなみに名前しか出なかったけど、USSブラッドベリってSFファンには素敵な小ネタでした。もう火星くらいぴゃーと行っちゃえるよね。



そしてなんと言っても、ジョン・ハリソンを演じたベネディクト・カンバーバッチが良かったです。この人あれだなあ、キアヌ・リーブスとかだいぶ前だとカイル・マクラクランなんかの人間に偽装したエイリアン系の役、似合うなあ。表情を変えずに目だけで感情表現しててすごいなと思いました。そういう冷淡さと、感情を爆発させた時の狂気じみた顔とのコントラストがすごく巧いんですよね。あと姿勢がすごく綺麗。ちょっと腰掛けてるだけのシーンなのに背中がびしっと伸びてて、こいつただ者じゃないなって感じがよく出てました。アクションもすごくキレがいいんだよね。クロノスで一人ばったばったと敵を倒しまくる勇姿はかなり輝いてました。



監督のJ.J.エイブラムスは絵で語る、ということをよく心得ている映画監督だなあと今回も思いました。ちなみに前回も思いました。必要以上の言葉(台詞でもナレーションでも背景の文字でも)を使わずに役者の演技をきちんと撮り、それを必要な分だけ編集でつないでいるんですよね。例えば、パイク提督が命を落とすシーン。カークの感情の盛り上がりを丹念に映しつつ、同時に後ろに立っているスポックの動揺も切り取りながら、最後は怒りに震える手だけを映すことによってカークが復讐へと駆り立てられる様子がよく分かるようになってる。過不足がないのにそれでいてリッチな絵に仕上がっていて本当に不思議です。最近の映画らしくアクションの度に画面にごちゃっといろんなものをまき散らかしたり、ドキュメンタリーっぽいぐぐっと寄るカメラだったりいろいろ面白いことやってるんだけど、基本的にストーリーを撮っている、ストーリーのどこが一番良く見えるかをよく心得ている監督なんじゃないかなと思います。


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!!! ネタバレ !!!



今回のテーマは復讐だったと思います。最終的に敵となるマーカス提督の乗る戦艦、USSヴェンジェンス(Vengence: 復讐)はそれを示唆しているのではないかな。ジョン・ハリソン、遺伝子操作を受けて生み出された人間の亜種カーンは復讐する者としてカークやその他の人類の前に立ちふさがります。家族や親しい人を傷つけられて平気でいられる人間はいません。それは冷淡に見えるカーンも同じです。彼は別にこの世界に絶望しているわけでも、頭がおかしくなったわけでもない。ただ自分の家族も同然の部下を救いたいだけで、それがカークの恩人を殺した相手への復讐とぶつかります。この悪役は、悪役というにはあまりにも身近なんですよね。冒頭のカークが仲間であるスポックを救出するシークエンスや部下たちの命を救おうと策を巡らすシーンはそのままカーンの立場でも同じことをしていたはずです。劇中、スポックはカークに「もしあなたが私の立場だったらどうしますか?」と問いかけます。その言葉はカーンから発せられることはないのですが、カークとカーンという二人の指揮官は表裏一体、復讐というものを担う者として描かれていると思います。
けれどこの二人の間の復讐の連鎖だけが描かれているわけではないんですよね。復讐と友愛という真逆の概念もまた表裏一体で時々くるりとひっくり返る。人間の気持ちはそんなに簡単に切り替わることなんてないって思ってしまうけど、利害が整理されるとけっこうそんなものなんじゃないかな。カークとカーンは決して友愛とは言えない関係だけど、一時的な共闘の中では互いに信頼していたはずです。

結局、復讐を止めることはできません。ただそれを保留にして物語は終わります。それに復讐を解消する方法もまたこの物語は提示しません。敵の敵は友、という関係は根本的な解決ではないけれど、それでもわずかな時間の中でお互いを知ることはほんの少しでも信頼を寄せることはできるんじゃないか。カークが魚雷を使わずに話し合いで解決を試みたように、宇宙空間に飛び出して行ったカーンがカークを助けたように。その束の間のかりそめの友愛だからこそ、それは輝いて見えるんじゃないかと思います。