SFを楽しみたい人へ(3)

SFを楽しみたい人へ(1) - ここでみてること
SFを楽しみたい人へ(2) - ここでみてること

ぼやぼやしてると長くなってしまいそうなので、さっそく紹介しますよ!


その4:かなり難しい
背景となるものが科学や思想などであれば、Wikipediaを調べたりすればなんとなくでも把握できると思います。それよりも難しいのは独自の背景を持つ作品です。これはネットで調べても客観的な背景は見つかりません。他の人の解釈や評論家の意見を参考にするなど理解するためには手間がかかります。作家さんの特色や作風に慣れていないと最初はなかなか理解しにくく、いきなりこういう作品を読むと辛いと思います。ただその手間をかけた分「これはこういう物語だ!」と自分なりに把握できるととても楽しいです。

  • 都市と都市

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

SFというよりは幻想小説というジャンルに近いのかな。幻想小説はあまり詳しくありませんが、科学的な基盤の上ではなく独自のルールや法則に基づいて物語が構築されている種類のものです。この作品は、欧州の二つの都市国家「ベジェル」と「ウル・コーマ」という都市が舞台です。特殊なのはこの二つの都市が地理上はほぼ同じ空間に存在し、区画ごとに所属する都市が異なるモザイク上の国境を持っている、ということ。こっちの通りはベジェルだけど、ちょっと先のあっちの通りはウル・コーマ、といった具合です。そしてその都市の住人たちは、お互いを隣人として認めるのではなく、存在しない者としてむりやり視界、意識から除外して暮らしています。なぜそのような国家形態になったのかという経緯は語られないし、この国家の間にある(先に述べた通りモザイク上の”間”っていうのもなんだか奇妙だけど)第三の都市の正体もまた十分な説明をしません。さらにそれが何か現実世界のたとえ話(アナロジー)として機能している、ともちょっと思えません。(解説を読んだら実際にこういう構想をしていたことがあったそうです。すごいな)例えば「1984年」では、存在するものをないものとして意識のほうをねじ曲げる、あるいは言語を変えることで認識世界を縮小させる、という言語SFや認識科学の側面がありました。しかしこの作品で、相手国の存在を無視する、という仕掛けは単に法則以上の意味を持っていないと思います。どちらかというと、P・K・ディックの作品群のような現実世界の揺らぎや、ちょっとしか読んでないけどR・C・ウィルスンの「ペルセウス座流星群 ファインダース古書店より」のような異世界と現実世界の緩やかなつながりを、都市というがっちりしたハードウェアよりに構築してみせた作品、という感じですね。ちなみにゲームデザイナーの小島監督はこのように解釈しています。

そもそも、ありうる話が、ありえない話へとシフトチェンジしてゆくのがフィクションの醍醐味。本作はトンデモなくありえない話(フィクション)を、ありえる話(ファクト)に日常化して納得させてしまうという逆アプローチをとった小説。ファンタジーやオカルト現象を科学考証で論破してきた20世紀型SFとは違い、日常を緻密に織り込むことでリアリティの構築に成功している。

「僕が愛したMEMEたち」小島秀夫

参考になるなあ…。この考察を読むだけでもいわゆる普通のSFを期待すると、ちょっとあれ?となってしまうことが分かると思います。余談ですが伊藤計劃さんはウィリアム・ギブスンの「パターン・レコグニション」を「日常を緻密に織り込むこと」でSFを描く(「SFの或るひとつの在り方」伊藤計劃記録)と考察しています。ここで言及されている「パターン・レコグニション」もまたこの作品と同様に、なにか想像力のある科学設定があるわけではなくただ綿密に現実を描いてる作品ですね。「これのどこがSFなの?」と言われるとちょっと困ってしまうジャンルですが、それでもこの作品は表向き「国境を越えた」殺人事件を追うミステリーとして読むことができるので比較的読みやすい方だと思います。
他には、神林長平さんの「ぼくらは都市を愛していた」は逆に、都市というハードウェアから見た現実の揺らぎの物語でこちらもちょっと難しいけど、どちらかというと思弁SFの方に含まれると思いますね。

ぼくらは都市を愛していた

ぼくらは都市を愛していた

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

文体が特殊、物語が入り組み過ぎ、背景となる世界観が独特、主人公が地味、など読む人にちっとも優しくない作品です。しかしSFの1ジャンルであるサイバーパンクの元祖と言われるこの作品を愛する人はとても多く、今もなお「ニンジャ・スレイヤー」などの基底にあるのはこの作品でしょう。読みにくい、物語が複雑、というのはサイバーパンクの特色ではなく単にこの作品の特徴ですが、ではサイバーパンクとはどういうSFなのかをこの作品からちょっと見てみたいと思います。
まず分かりやすいのはこの作品に登場する、サイバースペース(電脳空間)やデッキ(サイバースペースにジャックインするための機械)などの小道具(ガジェットとも言います)、デッキを使いこなすハッカーだけでなく、極端な身体改造を施した戦闘員やコンピュータ構造物に意識を「アップロード」した人格など、いかにも「それっぽい」ですよね。もちろんこういう想像力はとても楽しいし、「ニンジャ・スレイヤー」はこの想像力に悪のりしながら、それでも世界観を崩さずに丁寧に構築している作品だと思います。(作風はギャグだけどちゃんと考えてるんですよね)
ですが、これらのガジェットや設定だけがサイバーパンクの所以ではありません。前掲の伊藤計劃さんの評論でも言及されているように、ガジェットや設定が織りなす緻密に描かれた日常がこのサイバーパンクの面白さです。例えばこの作品の背景にある千葉シティ(ちなみに「ニンジャ・スレイヤー」のネオサイタマはこの千葉シティを意識していると思われます)の情景は、世界最先端の闇医者が跋扈し(恐らく地理的には日本国内であるにも関わらず)日本人を一人として見かけることのないあり得ないトンデモな世界観ですが、そこに詰まっている濃厚な空気、雑多な人々の騒音のような会話、病的なほど速いビジネスの流れ、こういう独特の奥行きを持った世界と、そこに関わる人間を語るジャンルが、サイバーパンクと呼ばれるものだと思います。そもそもサイバーパンクのサイバーとは、サイボーグが機械と人間の融合の意味であるように、システムと人間の融合を示すサイバネティクスから来ています。システムと人間が融合したサブカルチャー(パンク)ということ。このシステムはネットワークを示すこともあれば特定の機械の仕組みを示すこともあります。でもここでは、システムのSをSFのSにしてシステム・フィクションとするのではなく、もう一つ別のSを使ってみたいと思います。それは社会、社交を意味するSocialのS。ネットワークやマシンはあくまで仕組みに過ぎません。そして人間はその仕組みの中の一部です。システムと人間が相互に干渉し合って変わっていくもの、変えていくものは社会です。今SNSという仕掛けがゆっくりとではありますが、社会という大きな枠組みと衝突しながら変えつつあるのはニュースなどを見れば分かりますよね。サイバーパンクは端的に言ってしまえば、システムと人間が共に新しい社会を生成していく物語です。というとなんだか機械と人間が共存する素晴らしい物語のようですが、サイバーパンクで描かれる人間の身体性はシステム、機械に融合していく息苦しさや葛藤があるし(私はむしろそこが好きなんですが)、システムは逆に曖昧さ、多様性や複雑さなどの生物的な特徴(機械が意識を持つとか。すきだなー)を獲得していくことになります。
この作品では、当然登場する人物は人間ですが本当の主人公と呼ぶべきものはシステムです。それも高度に成長したシステムなのでその全体像は最後まで読んでもよく分かりません。前半はこの部分が見えにくくて、一応人間側の主人公であるケイスもぱっとしないし、その割に背景の社会が執拗に描かれていて読みにくいんだと思います。モリイという女性の戦闘員がちょうかっこいいので、前半はそこまでがんばってください。後半からは前半の伏線が意外なところで回収されたり(それも分かりにくいのにさらっと流される)、なんだかよく分からないキャラクターがぞろぞろ出てきてまたまた混乱するんですが、モリイがすごくかっこいいので大丈夫です(笑)最後にこの作品は人間たち、システムたち(もちろんこのシステムも複数あります)が生み出した新しい社会のきざしを提示して終わります。
ちょっと解説してみようかと思ったんですが、これもう一回読み直さないと細かいところとか自信がないなあ。ちょっと無理矢理でしたが「社会というフィクション」という意味でのSF(Social Fiction)と勝手にしてみました。これ私が勝手に言ってるだけですからね。人間だけが物語を導くのではなく、機械やシステムもまた物語を紡いでいる、という視点で読むときっと楽しいと思います。



いかがでしたか?その1からその4まで分けた基準は抽象度が低いものから高いもの、でした。本をよく読む人でもいきなりイメージの掴みにくい概念の話がえんえんと続くときっと放り出してしまうだろうな、と思いました。補足すると抽象度が低いからといって高いものと比べてSFとして劣るということはあり得ません。むしろ科学や思弁を具体的に書き込む高い描写力、それを物語に織り込む構成力がないと難しいと思いますし、ここで挙げた以外の作品や作家さんにも素敵な作品がたくさんあります。もちろん、抽象度の高いものをすいすいと読めるとより一層楽しめるはずです。(まだそこまでできませんがw)ここで紹介したのはほんの入り口にすぎませんが、その入り口までご案内できていたら嬉しいです。

それでは良いSFを。