2012年 年刊SF傑作選 極光星群


毎年恒例、年刊SF傑作選です。最初は自分好みの作家さんを探すのにいろいろ取り揃っていてちょうどいい作品集だったんですが、ここ最近は「え、これもそうなの?」っていう作品がひょこっと入っていて、そういうものをSF的な視線で読むのが楽しいですね。あ、もちろん、がちな作品もだいすきです。

  • 星間野球(宮内悠介)

光速で飛んでくる球体を軌道上でスイングバイさせて送り返し一塁方向の恒星に向かって発進する、ってなかんじの宇宙人野球をタイトルから勝手に想像しました。途中はちょっとミステリーっぽいしかけで変化球、でも最後は迷いのない一球入魂、直球勝負の物語でした。いい年した大人がゲームでむきになるって、やってる方は楽しいよね。端から見ると見苦しいけど(笑)面白かったです。

  • 氷波(上田早夕里)

労働には報酬が必要。という話とは別に、太陽系圏内であっても人間の肉体ってその環境にはやっぱり耐えられないものだから、人間を模した人工物がその限界を超えて行くという設定はそろそろ一つのジャンルとしてまとまりそうな気がします。宇宙ポストヒューマン的な。機械が解釈するデータから、ヒトが読み取る情景への広がりがすごく素敵でした。

  • 機巧のイヴ(乾 緑郎)

ディック+時代劇的な作品。むしろこういう背景や時代設定の方が、モノと魂の境界の曖昧さを表現するには向いているのかもしれないなあ、と思いました。仕掛けの記述も面白いけど、コオロギの件がすごく詳しくて感心しました。へええ。

個体の行動は脳という具体的な命令装置があってその命令に従っているけれど、群れの行動は個々の命令装置があるにも関わらず、さらに上位の統括的な命令装置があるかのように振る舞います。それはコンピュータ上でも再現できるくらい単純であるにも関わらず、なぜか複雑で高度な判断をするんですよね。その「なぜか」。まだ人間の智恵が及ばないだけなのかは分からないけど、同じく個体でもあり群れにもなり得るヒトとして、その「なぜか」を体感できるような気がする、そんな妙な説得力があるところが謎めいていて惹き付けられますね。

トリックとかミステリーっぽい調査過程も面白かったけど、この主人公の口癖である「バカかと思う」っていうのが絶妙に繰り返してて笑えました。内面はすごく高慢で周りの人をみんな見下してるのに、対人的には臆病で誘われたら断れないし、強い言い方もできない気弱で典型的なひきょうものというギャップが妙にキャラ立っていて憎めないんですよね。そんな面白キャラで、さらに追いかける事件についてどんどん明らかにしていく明晰さもあって面白かったです。貧乏な画家が売れっ子の女優のために私財を投げ打って薔薇を買った歌の歌詞を、せこく卑屈な視点で考察するところとか最高でした。

  • 無情のうた『UN-GO』第二話(會川 昇)

テレビアニメシリーズの脚本、だそうです。元は坂口安吾の作品が原作。坂口安吾も読んだ事ないし、このテレビシリーズを見たこともないのでちょっと想像しにくいですが、雑感を少し。世界観はなにか大きな出来事(戦争?)があった後の混乱と、現代的なテクノロジー(携帯、USBなど)が入り交じっていて、都市伝説が説得力を持つような感じ。そういう背景で殺人事件の調査をする探偵二人組の活躍を描いています。都市伝説を隠れ蓑に闇に葬られる真実という点は昭和的なイメージですが、その真実をもう一つの「現実」であるネットに還す(晒す?)という行為は現代的だなあと思いました。

え、これSF?漫画なんですが(年刊SFには必ず漫画が収録されてますね)、どこがSFなのか…というか、話の筋もあれ?なんかおかしくないですか?え、え、さらっと、え、死んでますけど?どういうこと?

  • 奴隷(西崎 憲)

これを読んで「こんな世界あっちゃいけない」とか「人権は大切」とか「この主人公の女性もまた奴隷だったのだ」とか、そういう感想は無粋なんでしょうねえ。こういう人間の倫理としてあってはいけない世界も、フィクションの世界ではこんなにもリアリティを持って存在できる、ということが驚きです。主人公が奴隷を買いに行くついでに久しぶりに一人でイタリアンのランチを食べるくだりとかすごく自然でした。

おおうなんだこれ。またよく分からない話が出てきたわ(笑)うーんと、目の前の出来事を「それだ」と考えること(認識すること)と、それがどうして陣取りゲームのような争奪戦の対象になるのか(そこから滑り落ちるのはその争いに負けてるってことなんだろうけど)この辺がよく分からないです。まあ要するにそういう、認識の中にだけ存在する秩序としての星座の配列、天文学ってことなんでしょうかね。うーん。ですが、オリオン座が右向いたり左向いたり(あれ、いつもはどっちだっけ?)、月がウィンクしたりちょっとしたダークなファンタジーっぽいイメージはなんか楽しいです。SFを書こうとしてこういう奇妙なファンタジーになるってのもすごいな。

物事を理解する方法は一つじゃない。科学はたったひとつの冴えたやり方、というわけではない。いろいろな方法があっていいと思います。でも私は今のところ科学で味付けされたストーリーがお気に入りですね。レムの「ソラリスの陽のもとに」的な交渉不能な巨大な異性物と、それに立ち向かう大人と子どもの不思議と息の合ったコンビが小さな潜水艇で接近するというところが、SFというよりもおとぎ話のようなイメージで楽しかったです。もちろん、内容はがちのSFというところも好きです。

未来を描くことはSFの機能の一つだと思っています。SFは次に来る「かもしれない」新しい世界への準備、という側面があります。ブラッドベリがその作品に、現在と切り離された過去の懐かしさや切なさとしての未来、現在と切り離された「懐かしい」未来の中に新しい世界への心構え「倫理」を描いたのだとしたら、現在と地続きのSFにはそういう意味での未来を描くことはできないのでしょう。この作品の中に登場する倫理をシミュレートするスーパーコンピュータは、現在と地続きでありながら、現在と切り離された未来、新しい世界への心構えを事前に作りだすものです。これはそのままSFをリアルな世界へと産み落とす機械、ということ。そんな未来を創造する機械があるなんて、すごく夢のある話(フィクション)じゃないですか。

  • 銀河風帆走(中西健礼)

詳しい説明がたくさん出てくるけど言い換えや例えで易しく説明してたり、一人称の語り口も柔らかですんなりと読めました。ただ背景となる設定や展開と、一人称視点の差が大きくてちょっとスケール感が掴みにくかったです。たぶん私の想像以上に距離があったり、巨大だったりするんだと思うんですよね…。でもマグ・セイルの仕組みとか銀河ジェットの解説などはすごく詳しくてそれぞれの記述は楽しく読みました。へええ知らなかった。がっちりした宇宙ものの側面を持ちながら、もう一方では生命体の在り方にぐっと真っ正面から切り込んでる意欲的な作品だと思いました。実はちょっと小川一水さんの「青い星まで飛んで行け」に近いかなあと思ったのですが、このテーマによって読後感が優しくなっててすごくいいなと思いましたね。
登場人物(機械?)の名前はアイヌ語が元でしょうか。レラは風ですよね。ノチユとエトクもそれぞれ星と勇気を意味する似てる言葉があったのでそうかなあ、と思いました。あ、これ、星と風を味方につけて勇気が前に進むお話、とも読めるのかな。こういうのは命名された経緯とか(勝手に)想像できて楽しいです。