バナナ剥きには最適の日々

バナナ剥きには最適の日々

バナナ剥きには最適の日々


SFだけでなく怪奇ものからおとぎ話風などバラエティに富んだ短編集です。まあこれまでの作品もある意味ジャンルの枠を越えてる気がしないでもないですが。人によっては難しいポイントが違うと思いますが、全体的に読みやすい文でまとまってるかなと思います。いつも通りちゃんと理解しているかはさておき。


  • パラダイス行

型抜きクッキーを作るとですね。型で取った方と、型の形に切り取られた方が残ります。メインは型で取った方なので、あんまり後者のことを考える人はいないし、だいたいもう一回伸ばして型を取ったりしますよね。もったいないから。「ないはないはないという話」型抜きクッキーの生地がなけりゃクッキーも反クッキー(型の形に切り取られた方)も存在できないでしょう。ってことかな。

  • バナナ剥きには最適の日々

最近の宇宙SFの傾向というか、よく目にするのは生身の人間には恒星間飛行はムリだから人工知能に任せましょう、という設定です。人の意識や倫理、常識というものが、大宇宙という現実にとって、ものすごくどうでもいいものでしかないよね、というちょっと冷めた視線が効いている短編でした。すごく軽くておとぼけな文体なんだけど、人間の知能をシミュレートした機械にとってやることと言えば、旗を立てて先に進むことだけ。それも不可逆の、誰かが追いついてくる可能性のない旅を延々と続けている、という救いようのない事実の上にそんなカジュアルさが乗っかっているんですよね。あーでも、そういうものなのかなとも思います。光の速さを超えることができないのはどこでも同じで過去に戻れるわけでもない私たちも、今という時点にささやかな旗を置いて、先へ先へと不可逆の旅をしている。チャーリーという友だちのことも存在していたことだけは覚えているけど、そのディテールは過去のどこかで失ってしまった。でもまあいいんじゃないかな、という心持ちはこの事実への安全装置なんじゃないかなと思います。

  • 祖母の記録

んーちょっと読む人によっては不謹慎な話かもしれないけど。ああ人って基本的にモノだよね、と思いました。モノとしての人という意味での人形と、その人形があたかも人のように動く人形の劇。モノとしての人が動くことと、人が動くことの差の物語。なのかもしれないです。物語の中の道路に残った染みが何かを語りかけてくるような、それともその染みから何かをこちらが勝手に読み出すロールシャッハテストのような、そんな物語。

  • AUTOMATICA

読むものと書くものの相互作用の説明的なお話。ちょっと関係ない話だけど、創作活動において創作する側が偉くて、それを批評する側は創作物がなければなにもできない、というようなことをたまに見聞きします。事実だと思います。感想が書けるのは、その対象となる映画なり小説なりゲームを作った人がいるからです。でもそれらが誰の目にも触れず、誰にも語られないとしたらそれが本当の意味で存在している、と言えるでしょうか。書かれたものは読み出されなければ意味をなさない。プログラムはロードされなければ動作しない。だからその一方的な関係だけを見るのではなく、続くプロセス全体を見るという意味では良い文章かなと思いました。後半の二つの極限はちょっと理解が及んでないかもしれないけど(笑)

  • equal

詩にあまり馴染みはないけど、なんとなく詩のような短編でした。うーん、ベースは等式(equal)にまつわる構造を詩のフォーマットで書いてる感じかな。どっちもなじみがなくてよく分かりません(笑)それにしても私が知る限り、こんな女子力の高い文を書ける男性はこの人くらいですね。

大好きなものなんてこの世にずっとないままでいい。この世が大好きで一杯ならば、この世は大嫌いで一杯で、そんなのは、ほんとうにもう大嫌いでちょっとだけ好き。

ほんとうにもう…。

  • 捧ぐ緑

ゾウリムシはたぶんあまり関係がなくて、ゾウリムシを進化させることの是非を問うような、イーガンの「クリスタルの夜」(こっちはAIだけど)のような示唆でもない。そもそも知的な進化の話じゃなくて、輪廻とか原罪を実験によって定義する話、なのかな。その辺はよくわからないけど、クリスマスプレゼントにしてはずいぶんと色気がないなあ(笑)

  • Jail Over

フランケンシュタインの怪物の物語。なんだよねたぶん。「他の誰かが繰り返すことのできるもの。それが科学だ。」これを基点として「屍者の帝国」とは少し違った角度で、もう少しダークサイドに踏み込んで行くような、そんな印象でした。ううん、ちょっと難しいな。メアリー・シェリーの原典への批評でもあるんだろうし、フィクションとメタフィクションの区別が付けにくかったです。

  • 墓石に、と彼女は言う

量子力学、ってやっぱりちょっと胡散臭いものなのかなあ。可能性世界とか考えるとすごくわくわくして好きなんですけどね。あり得たかもしれないいくつもの可能性の世界の一つになぜ「唯一しかない世界」が存在しないのか、と気がついてうわっそうだ、なんで今まで気がつかなかったんだ!と思いました。うん、まあ普通に矛盾するんですけどね。

  • エデン逆行

あ、これ最初の「パラダイス行」に戻りそうなタイトルですね。こういうほとんど無意識に円を描く構造を取り入れる癖みたいなの、なんか分かるようになってきたかな。…いや、あんまり関係ないかな。うーんこの物語、難しいな。隔世で生まれ直すアダムとイヴのくだりはなんとなく分かるけど(アレだなあ…とは思うけど)それが逆行していく過程がちょっと分からなかったです。でも、その逆行の終点から先のくだりはちょっと分かるかな。すべての文字が記されたガイドブックは「AUTOMATICA」でも提示された極限の一つでもある…はず。そこからまた物語が始まるのでしょう。


うーん、読んでいる途中は「あ、これ、こういうこと言っているのかな?」とけっこう思ったりするんですが、いざそれを文にしようとするとすごく難しいですね。なんだろう、頭の中に図があるんだけどそれを表現する語彙も、文法も分からない感じ。いっそプログラミングで使われる構造を図で表す形式(UMLとかありますね)で書いたら良いのかなと思うんですが、まあそっちも上手く書けるかっていうとあんまり自信ありません。でも少しずつ面白く読めるようになってきたような気がして楽しいですね。(あくまで気がするだけ)