高い城の男


歴史改変SFという「もし歴史の重大な事件が別の展開をしていたら」という設定を積み重ねたジャンルがあるんですが、それに類する物語だと思いました。第二次世界大戦で日本とドイツが勝利した世界で、敗戦国となったアメリカで発禁となりながらも密かに読まれ続けている「イナゴ身重く横たわる」という本をめぐる群像劇です。この「イナゴ」、内容が「もし第二次世界大戦で日本とドイツが負けていたら」というものなんですよね。小説というフィクションの中で描かれるフィクションが史実ということ。うそのうそはほんと。おお、ディックっぽいー。こういう虚構と現実が入れ子になっている構造はこの作者ではわりとおなじみの手法です。うん、最近よく読んでるからそういうの、なんだか分かるようになってきた。
こういう構図ももちろん面白いのですが、本作はまた別の面白さがありました。本作ではなんと東洋の占いの技術である「易」が出てきます。あまり内容と関係ないけど、海外の作品内で東洋的なガジェットや日本人(勝戦国の国民として汎太平洋沿岸(お、パシフィック・リムw)を支配している設定)が出てくるとちょっと奇妙な感じがするんですが、ディックだからなのかなあ。で、この易、わりと重大な事件の真っ最中に登場人物がお伺いを立てたりして、使われ方がそれでいいのかちょっとよく分からないのですが、なかなか斬新なアイデアだなあと思いました。この易が実は作中の「イナゴ」の内容(すなわち史実)を垣間みるためのツールとして出てくるんですね。ここがすごいと思ったところで、人間が理解できる範疇を超えたものをどうにかして理解するためのツールだからなんですね。例えばカオス理論や複雑系といったものも、人間が理解できる理論ではどうにもならない現象をどうにかするために生み出されたものだと思います。科学的な手法と占いの易とを一緒にするなと怒られそうですが、どちらも人間には手の負えない現象を把握するためのものですよね。この作品の場合、易というツールを使って歴史という人間が認識するものでありながら、人間の手ではどうにもならないものを読み出すことを試みています。複雑系やカオス理論だと、気象という誰にでも分かるけどどうにもできないものを把握しようとしたりするんですよね。この小説はそういう、後年になってようやく手がかりや理論が整理されたものを、作家独自の視点で捕まえようとした作品だと思いました。やっぱりすごいな、ディック。


ネタバレにならない程度に気になった点を挙げてみます。
登場人物の一人ジュリアナという女性が、成り行きの末に「高い城の男」に会いに行くシーンがあるんですが、なぜか彼女は胸の空いたドレスを着ていこうとして、しかもドレスに合わせたブラを失くしてしまってどうしようと悩むシーンが気になりました。前が空きすぎておっぱいぽろりしちゃうなあ、とか彼女は散々思い悩むのですが、じゃあ着ていかなきゃいいんじゃないかな、と強く思いました。ていうかなんでディックはそんなシーンを入れたのかまったく分かりません。この作品、オチもちょっと分からなかったけどこれも謎だわ(笑)