楽園追放 rewired サイバーパンクSF 傑作選


海外・日本問わず、古典・最新のものから選ばれたサイバーパンクSF短編集、です。
読み初めの頃に少し感想を書いてます。

ギブスンの視覚、SFのためにお洒落を切り捨てるっていうこと - ここでみてること

ローム襲撃(ウィリアム・ギブスン

サイバーパンクと言えばこの人。トップバッターはサイバーパンクというジャンルを語る時に絶対に外せない、ウィリアム・ギブスンの短編「クローム襲撃」。
同タイトルの短編集で既読の作品でしたが、久しぶりに読んでみたらサイバースペースの描写がわりとすんなりイメージできて、これまで観て来た数々のSF映画の影響もあるのだろうけど、ギブスンの描いた世界を前より読み込めるようになったなあ、とちょっと嬉しくなりました。こういう「成長」があるのもSF読みの楽しいところですね。さてさて。読んでて気がついたのですが、ハッキングを受けた際に自動で報復するカウンタープログラム、サイバーパンク用語(というか攻殻)では攻性防壁と呼ばれるものが既にこの作品には登場しています。というかwikiに項目あるのね。


http://ja.wikipedia.org/wiki/攻性防壁
(リンクがうまくできない…URLに漢字入ってるからかな…)


イデアの初出がどちらかというのに私はあまり興味ないですが、やっぱり同じようなことを考えるんだなあ。ガジェットや人体改造者などのいかにもサイバーパンク的な世界が楽しい作品で、私のサイバーパンク読書の原点はここだなあと改めて感じましたね。こういうゴチャゴチャでうさんくさいのすきだ(笑)一方でサイバーパンクを読み慣れたせいか、そういうごちゃごちゃに惑わされずに物語を追うことができるようになりましたね。ギブスンの作品にはなにか「何かを代償にしても(もちろん技術を駆使しても)手に入らない儚い何か」というのがあるのではないかと思うんですよ。
なにかそういうSFではない、小説としての一面を初めて読んだような気がします。

間諜(ブルース・スターリング

サイバーパンクと言えばこの人。その2。
読んでてかなり混乱しました。いわゆる産業スパイの物語なんだけど、今ちょっとさらっと読み返してみて、これってウィルスプログラムのメタファーとして読めるな、と思ったらわりとすっきりしました。相手のシステムを破壊しながら(人間で言えば統合失調症を引き起こす)、敵地に侵入し、自らを偽装して順応しているように見せかけながら、いかに敵地を取得するか淡々とバックグラウンドで計算する。ドラッグや意識の錯乱という点、敵地にスニーキングするという点ではPKDの「スキャナー・ダークリー」に少し似ているかも。でもどちらかというとこの邪悪さはハーラン・エリスンっぽいなあと思いつつ読みました。スターリング、あまり読んでないから電子書籍とかで復刊しないかなあ。

TR4989DA(神林長平

さて日本の作家のトップバッターはこの人。あまりサイバーパンクというイメージがないのは、どちらかというと思弁(スペキュレイティブ・フィクション)の印象が強いからかな。でもよく考えてみたら雪風はすごくサイバーパンクでしたね。母体から切り離された機械TR4989DAの自律と旅立ちの物語。機械が自律する、という過程が綿密に描かれていますが、そこには擬人化に付随する人間側の都合、愛着とか願望、というものが丁寧に削ぎ落とされています。そうこの、びっくりするぐらい淡々としている語り。これがすごくかっこよくて好きですね。
機械が意識を持つかどうか、ということはこの物語は重要ではありません。物語を必要とする人間以外の存在が現れたとき、私たちはどうするべきか。その答えは、排除するのではなく祝福してやることなのだと、そう読み取りました。

女性型精神構造保持者 メンタル・フィメール(大原まり子

おおう。これは…なんだ?(笑)まあ私もハードが女性なので乗ってるソフト(メンタル)も女性(フィメール)だと思うけど。よくわからないなあ。まあ女性だから理解できるとは限らないけど。この物語、すごくしっちゃかめっちゃかな状況を描いています。文章が乱れているとかそういうことじゃなく、きちんと混沌を描いているんですよね。それと破壊。うーん、秩序と創成が男性の役割でー、この混沌と破壊は女性を意味するー、というのもなんか違うような気がする。無理に言葉に落とさずに感覚だけで言うなら、この短編の混沌はなんかすごく納得できる。辻褄がどう、というレベルの話ではなく、あくまでもやーっとした体感のようなレベルでの話だけど。嵐がきちゃったねーそうだねー、生理がきちゃったねーそうだねー、という感じですかね。(とお茶を濁す

パンツァー・ボーイ(ウォルター・ジョン・ウィリアムズ

大地を疾駆するロケットの如きパンツァーとハードワイヤードした男「パンツァー」の物語。
こういうコンピュータガジェットを扱っているのに、汗臭い物語すきだ(笑)思えばギブスンの描く物語もどことなく人間の生々しい匂いがするんですよね。どこまでもビットに置き換えてしまう潔癖な世界観より、こういうビットに変換されないものが周囲にそこはかとなく漂っている方が人間と機械の相克を感じさせるんですよね。私はあまりハードに詳しくないからなのかもしれないけど、肉体と機械というハードウェアのぶつかり合いに幻想を抱いているのかも。
ごつごつしてて熱い、そしてハードウェアの持つ宿命的な限界への儚さがあって面白かったです。

ロブスター(チャールズ・ストロス

コンピュータテクノロジーをベースとして、世界で一番影響力の大きいソフトウェア、経済をハックする男の物語。
「アッチェレランド」の冒頭部分を切り出した短編です。この物語のすごいところは何か銀の弾丸(ソフトウェア業の中でよく言われる、存在しない必殺技、的なもの)のようなものが出てくるのではなく、既存のサービスやいかにもあり得そうな技術と多少盛ったガジェットなどの組み合わせで成立していることろですね。コンピュータソフトウェアが物語の主体ではなく、社会というハードウェアに載っている経済や法律のアップグレードの物語なのだと思います。もちろん、人格のアップロードというものも出てきますが。そして面白いのはそんな難しそうなテーマをポップに描いているところ。恵与経済を実践するマンフレッドと、がちがちの古典的社会観念を持つ恋人のパメラとのドタバタでちょっぴりえっちな関係を軸に、世界が指数関数的に激変して行く。
ちょっとあれですが、爆笑した一節を引用しておきます。

やがてマンフレッドは小刻みに痙攣しだしたかと思うと、びくんびくんとからだを波打たせ、自分自身のソースコードが詰まったダーウィニアンの川をパメラの身内に放出した。

いやーほんとあれだw

パンツァークラウン レイヴス

都市を管理するコンピュータによって、住人は人生のすべてのイベントを制御される。その一人である少女が導かれる物語。

ここのとこ女の子が傷ついたり可哀想な目にあう物語が最近読めなくなってきので(おっさんなら平気なのにw)、SF的な部分について少し。
都市を管理するスパコン、という設定ですがトップダウン管理というよりもボトムアップ的なアプローチで人間に干渉するシステムという感じです。先に「どこまでもビットに置き換えてしまう潔癖な世界観より〜」とか書きましたが、いやここまで振り切れてるといっそ楽しいですね。まあこういうとこ、ほんと好きのしきい値低くてどうなんだろうって自分でも思うんですけど。まあそれはいいとして、システムによって緻密に選り分けられた選択肢を無自覚に「選ばされている」という構造は、ぼんやりとネットを見ながらいつの間にか何かに流されるように買い物をしてしまったりサービスに参加してしまったりといったリアルに繋がっている部分が良かったです。
ルビ使いの造語も良かったけど、ギブスン的な「だささ」を求めてしまうw いやいやかっこ良かったです。

常夏の夜

量子コンピュータウェアラブル・グラス(眼鏡)が一般的に広がり始めた少し未来の物語です。えーと巡回セールスマン問題、というとあまり馴染みがないですが(私も最初に聞いた時はなんでセールスマン?と思った)、カーナビの最短経路を導くアルゴリズム、という方が分かりやすいんじゃないかと思います。この作品を読めば分かるのですが、実はこれは解くことが非常に難しい問題なんですよね。今のところは。ただよく知られているように、カーナビは普通に実用性がありますよね。まあたまには変な経路を提示したりするけど、それは最適化された解法であって本当に解決した訳ではないようです。それが量子コンピュータとそれを扱うアルゴリズムによって解けるようになるかも!という夢のようなアイデアが出てきます。なんていうか、ソフトウェア業の人に限らないかもしれないけど銀の弾丸ってなぜか求めてしまうものなんですよね。その一撃で技術的困難を突破できる、最強の必殺技を。それはすごく分かる。でもこの短編の良心的なところは、きちんと通例に倣うんですよ。すなわち「銀の弾丸などない」と。それでもそこ描かれた技術的な夢と悪夢、さらには普遍的な革新への希望が短い中にきちんと織り込まれていて楽しめました。
あともう一つ。これはちょっとSF的なネタだと思うけど、ちょっとしたマルチエンディングのアドベンチャーめいた構成になっているのも面白かったです。私は子どもの頃に少しだけやったことあるけど、ゲームブックみたいな感じ。
少し用語が難しいけど今、最新のサイバーパンクはここにあるんじゃないかと思いました。



最後にちょっとサイバーパンクについて。

現実と1分の1のフィクションになってしまったSF。それが今のサイバーパンクなのだと思うんですよね。その中で目新しさを描くことはとても難しいのではないかと思います。確かチャールズ・ストロスもそんなこと言ってたし(SF作家チャールズ・ストロス氏、作品のアイディアをNSAが先に実行してしまったために執筆を断念 | スラド
作家でも何でもないただのサイバーパンクSF好きが頭をひねってもなにも出てこないけど、人間が発明したコンピュータという、人間の能力を遥かに超えるものによって人間が未知の領域へと進んでいく、そしてコンピュータ自身もまた可能な限りアップグレードしていく、そのわくわく感はまだまだ楽しみたい、そう思います。だってコンピュータテクノロジーはまだ限界に達したわけではないんだから。