みずは無間


あらすじ
深宇宙探査機に搭載された模擬人格AIの雨野透は、誰一人出会うもののない広大な宇宙空間と長い長い時間を持て余して、自己改良や知性体のシミュレーションに費やす日々を送っている。そんな彼を時折悩ます、生身で地球に暮らしていた頃の恋人みずはの存在が、やがて思いもよらない事態を引き起こす。


刊行からずいぶん経ってしまいましたがようやく読みました。第一回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作、作者の六冬和生さんの初作品です。ハヤカワJコレクションで買ったけど、最近文庫でも出たんですね。

みずは無間 (ハヤカワ文庫JA)

みずは無間 (ハヤカワ文庫JA)


正直に言うと、少し物足りない感じはあったものの、読ませる文章でぐいぐい引っ張っていく力があって楽しめました。内容は思弁SFというか意識の在り方を描いたものなので、ストーリーよりもその描写を楽しむ向けであり、その部分については本当にこれ新人の作家さんなの?というほど慣れた手つきでびっくりしましたね。
特に終盤の概念上の戦闘というか思弁アクション的な(笑)シーンの、きちんとした状況の描き方、そしてそんな重くなりそうな部分を軽妙に描く表現力はすごく面白かったです。ああいうシーンって、例えば神林長平さんなら(ちなみにコンテストの審査員でもある)、すごく淡々と、それでいてなんだかよくわからないけど熱い場面だと思うんですよ。ああ、そういう描き方もあるんだなあと、すごく感心しました。こういうのなかなかないからもっと読みたいな。


ちょっと不満があるとすれば、キャラクターの差異が分かるようになっていると良かったと思います。うーん、まあだいたい分かるけどね。表記だけでなく印象的な台詞や、それこそ考え方や結論、そういうものでもっとキャラが立っていて欲しかったかなあ。最後まで平行宇宙を飛び続ける彼はすごく良かったけど、それ以外がちょっと没個性的で見分けがつかない感じでした。自分の創造物の派生グループに出会ってそこからいろいろと影響を受けていると思うんだけど、あんまりそういう感じがしなかった。


少し物足りない感じはなんだったんだろうなあと、考えるとたぶん塩味なんじゃないかなあと思います。甘さも苦さも吐くほど詰め込まれていたけど、なんだか延々とその味だけのような気がして。まあ、料理ではないので完璧に同じテイストで埋め尽くす、そういう小説があってもいいとは思いますけどね。一方で、気持ち悪くなるほどの甘さはすごく良かったです。いやーなんだろうね、塩味がとか言っておきながら、がっつり甘い物だけひたすら口に詰め込みたい時もあるよね(笑)そして後ろ髪を引かれるような苦さ。ほろ苦いとかじゃない。顔をしかめて吐き出しそうなくらい、がっつり苦い。
ビターアンドスイート。(ある意味)胸いっぱいの。それを宇宙レベルで振り切っている、面白いSFでした。