イリュージョニスト

タチシェフは、場末のミュージックホールやバーを回る手品師。流行のロックンロールバンドにおされ、ぱっとしない彼の時代遅れの手品には誰も振り向かなかった。どさ回りの旅の途中、スコットランドに立ち寄ったタチシェフは貧しい娘アリスと出会う。アリスの姿に生き別れた娘の姿を重ねるタチシェフは、アリスに赤い靴をプレゼントする。言葉の通じないアリスはそれが本当の魔法だと信じ込み、タチシェフを魔法使いだと信じるようになる。

カメラがキャラクターに寄らず、じっとセリフの少ない二人の表情や所作を淡々と追いかけているのが印象的でした。衝撃の展開があまりなく、あったとしても画面はキャラクターにズームしないでそこで起きている事象を実直に切り取って行く。こんなに背景と一緒にキャラクターを観るのはずいぶん久しぶりのような気がしました。そしてその背景の中で動いている人や物がすごくいいんですよね。一つ一つが二人の物語などおかまいなしにどんどんどんどん動く。街角を歩く二人の前をバスが通り過ぎて姿を遮ってしまったりするんですね。この視点はファンタジーでもなく、さほど楽しくもなければ泣くほど辛くもない現実の中で、二人が寄り添っているということを逆に強調しているようにも思えました。
幻想というのは一時の夢であるはずです。ずっと続くものではない。この物語はアリスという少女の一時の夢であると同時に、タチシェフの叶えられなかった夢でもあるんですね。そして私が一番すごいなと思ったのは、その幻想の終わらせ方。幻想が終わって行く時の寂しさ、切なさを、ハリウッド式にどわーっと感動クライマックスに盛り上げるのではなく、実にしみじみと描いて見せているように思いました。この余韻の残し方はすごく洗練されていて素敵でしたね。